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August 25 2017 By 斎藤寿子(さいとう ひさこ)

うれしさよりも悔しかった「世界のベスト4」。だからこその思い ~車いすバスケ男子U23~

今年6月、カナダ・トロントで開催された「IWBF車いすバスケットボール男子U23世界選手権」でベスト4進出を果たした12人のメンバーを含めたU23強化合宿が、8月17~20日、千葉県鴨川市で行われた。4年後の世界選手権でメダル獲得を目指す選手、今後はパラリンピックにつながる強化指定選手への選出を目指す選手と、それぞれの道を歩み始めたジュニア世代。果たして世界一を決める大舞台は、彼らに何をもたらしたのか。そして、これからをどう考えているのか。日本の車いすバスケ界の未来を背負う選手たちに聞いた。

車いすバスケ男子U23強化合宿

7月17~20日に行われたU23強化合宿。日本の車いすバスケ界の将来を担う選手たちが、切磋琢磨した

予想以上の成長スピードに確信したメダルの可能性

6月8~16日の9日間にわたって行われた世界選手権。京谷和幸(きょうや・かずゆき)ヘッドコーチ(HC)が率いたU23日本代表は、予選で4勝1敗という好成績を挙げ、2大会ぶりに決勝トーナメント進出を果たした。しかし、準々決勝で地元カナダを破り、メダル争いへと食い込んだが、準決勝でイギリスに完敗。さらに3位決定戦ではオーストラリアに前半14点リードしていたものの、後半にひっくり返されて逆転負けを喫した。

世界でメダル争いをするほどの力を擁しているとはいえなかったチーム結成時を思えば、高さのない日本が、バスケットボールという競技において「世界のベスト4」となった事実は、称賛に値する。しかし、一方で、3大会ぶりのメダルまであと一歩と迫りながら、3位決定戦での逆転負けは、あまりにも悔しい結果だった。そのことについて、京谷HCは、こう答えてくれた。

京谷和幸ヘッドコーチ

丁寧な指導で、日本のジュニア世代を「世界のベスト4」に導いた京谷和幸ヘッドコーチ

「僕自身は、負けるのが大嫌いなので、悔しさしかなかったです。ベスト4で満足という気持ちは一切なかったですね。というのも、彼らの成長スピードの度合いが予想以上だったんです。正直に言えば、最初は『5位あたりがギリギリかな』と思っていました。でも、彼らがどんどん成長していく姿を見ながら、海外のチームの分析をしていく中で、途中からメダルというものがはっきりと見えてきていたんです。だから、3月には選手たちにも『やるからには、絶対にメダルを取るぞ』というふうに言っていました。でも、大会後に『まさかここまでやれるとは思わなかった』という選手の感想を聞いた時に、全員が自分と同じように本気でメダルを取るぞ、とは思えていなかったんだなと。もちろん、それはHCである自分の責任です」

もちろん、「悔しい」という言葉を口にする選手たちの方がダントツに多い。それでも、やはりチーム全員が本気で狙わなければ得ることができないのが世界のメダルだ。国際大会の経験が乏しく、6位(2009年)、9位(2013年)という同大会での日本の成績を考えれば、「ここまでくるとは」という感想が出てくるのも仕方ないのかもしれない。だが、今大会で4位と、著しくメダルに近づいたことで、4年後の次回は本気でメダルを狙いに行くはずだ。今大会は、その礎を築いたと言える。

4年後の雪辱に燃える10代

その「4年後」、主力としてチームを牽引することが期待されているのが、今大会に出場した10代の4人だ。すでに昨年のリオデジャネイロパラリンピックに出場し、今年も強化指定選手に選ばれている鳥海連志(ちょうかい・れんし)への期待はさることながら、赤石竜我(あかいし・りゅうが)、古崎倫太朗(ふるさき・りんたろう)、高松義伸(たかまつ・よしのぶ)が、いかにこの4年で成長するかが、準優勝した2005年以来となるメダル獲得へのカギとなる。

1月のアジアオセアニア予選(AOZ)で初めて日本代表のユニフォームを着た赤石は、同大会の途中から武器とする守備力を買われ、主力の一人へと躍進を遂げた。世界選手権でも、多くの出場機会を与えられ、京谷HCからの信頼の大きさがうかがい知れた。しかし、赤石本人は自身のプレーにまったく納得していなかった。

「AOZで使ってもらうようになって、『自分のプレーも通用するんだな』という手応えを感じていました。だから自信を持って世界選手権に臨んだんです。でも、世界選手権でその自信が打ち砕かれてしまった。特に優勝したイギリスとの対戦では、自分の力不足を痛感させられましたし、最後のオーストラリア戦でも勝ち切れなかった。悔しいというひと言では言い表せないものがありました」

車いすバスケ赤石竜我

4年後は、自分がチームを引っぱると奮起する、赤石竜我

だからこそ、赤石には4年後への強い思いがある。

「今回は、みんなに連れて行ってもらったけれど、4年後は自分が後輩を連れていく存在になって、今度こそメダルを取ります」

チーム最年少として出場した古崎は、海外チームの予想以上の大きな体格とスピードに、驚いたという。それでも、「自分たちは、こういう選手たちに勝たなければいけないんだ」という強い気持ちを持ち、試合に臨んだ。

車いすバスケ古崎倫太朗

今大会を通じて武器であるスピードに手応えを感じたという、古崎倫太朗

「確かに、海外の選手たちは大きくて、スピードがありましたが、それでも実際にやってみると、自分のスピードも十分に通用するなと感じました。それは、すごく自信になりました」

今大会で得た自信を、4年後につなげるつもりだ。

日本の武器は、世界の高さに対抗した「トランジションバスケ」であることは今後も変わらない。しかし、その一方で、やはり高さのある選手の強化も必要であることは間違いない。その点において、京谷HCが「次世代選手」として期待を寄せているのが高松だ。

車いすバスケ高松義伸

1年前に車いすバスケを始めた高松義伸。ベンチを温めた悔しさを糧に、トレーニングに邁進する

もともとスポーツが得意で野球部だった高松は、車いすバスケ歴はまだ1年ながら、持ち前の運動能力の高さを生かし、着実に成長を遂げている。AOZ後の選考会で候補の一人に浮上し、見事にメンバー入りを果たした。しかし、今大会ではベンチを温めることが多く、出場機会は少なかった。果たして、高松が今大会で感じたものとは何だったのか。

「あんなにもベンチで過ごす時間が多かったのは、野球部時代には経験したことがありませんでした。何試合かは少し出場機会を与えてもらいましたが、40分間ずっとベンチにいる試合もあって、本当に悔しい思いでいっぱいでした。試合に出ても、自分がこのレベルで通用するものは何一つないということを痛感させられました」

世界選手権後、高松はすぐに自主トレーニングを開始した。

「今回ベスト4だったということは、4年後はその下はあり得ない。自分がチームから信頼されるような選手になって、必ずメダルを取ります」

U23での経験を生かし、さらなる高みへ

4年後の雪辱に燃える選手たちがいる一方で、今回のU23大会を最後とし、次へのステップを踏み始めた選手たちもいる。

今回の世界選手権で主力として起用されながらも、なかなか実力を出せずに苦しんだのが20歳の丸山弘毅(まるやま・こうき)だ。

「これまでで一番苦しい大会で、本当に悔しい思いしか残りませんでした。でも、これでU23のステージは終わったので、この悔しさを次のステージでぶつけられるように頑張りたいと思います」

車いすバスケ丸山弘毅

次のステージを目指す丸山弘毅(左)

大会後、丸山は新たなスタートを切った。より競技に専念できる環境を求め、転職を決断。「アスリート雇用」を実現させ、現在はバスケ中心の生活を送っている。体育館での練習に加えて、ジムでのトレーニングにもいそしんでいる。「あの時の悔しさを思い出しながら、毎日練習しています」と丸山。課題は山積みだが、一つ一つクリアしていくつもりだ。

「スピードも車いす操作も、もっとスキルアップしていかなければいけないと思っていますが、何よりも判断力が課題です。世界選手権では自分の判断ミスで、チームに迷惑をかけたシーンがいくつもあった。もっと周囲を見て瞬時に判断できるように、今は練習でも一つ一つ細かく考えるようにしています」

今大会、力を発揮できずに苦しんだのは、丸山ばかりではない。同年代の熊谷悟(くまがい・さとる)もだ。開幕当初は「自分がやらなくては」という思いが強すぎたあまり、無意識にチームではなく自分一人で戦っている気がしていたという。しかし、「オマエには仲間がいるんだぞ」という京谷HCのひと言で呪縛が解けたかのように気持ちが楽になり、予選第4戦のアメリカ戦では得意のミドルシュートを立て続けに決めてみせた。

車いすバスケ熊谷悟

「一人で戦っているのではない、自分には仲間がいる」と思えてから、力を発揮できたという熊谷悟。

「最初は勝手に孤独になっていましたが、京谷さんの言葉で自分には一緒にプレーする仲間がいるんだと思えました。世界選手権は仲間を再発見できた大会でした。だから、チームのみんなと一緒に戦えて楽しかったですし、ベスト4という結果はこれからの自信にもなりました。ただ、振り返った時に感じるのは、メダルが取れたはずなのに、自分たちのミスで逃してしまった。その悔しさの方が先にきます」

熊谷が目下課題としているのはスピードだ。そのために、これまであまり取り入れてこなかった筋力トレーニングにも、世界選手権後に取り組み始めている。

「日本はトランジションバスケを重視しているので、このままスピードが遅いままでは話にならない。自分の武器であるシュート力を磨いていくことはもちろんですが、スピードも身に付けていきたいと思っています」

まずは自分がレベルアップを図ることを目標としているという熊谷。パラリンピックにつながる強化指定選手24人への入り口は、その先にあると考えている。

世界ナンバーワン決定戦という大舞台を経験し、彼らが共通して感じたのは「悔しさ」だった。しかし、だからこそ彼らは努力を惜しまないはずだ。京谷HCは言う。

「この世代の選手たちは、現在強化指定に入っている選手も含めて、課題だらけ。でも、だからこそ伸びしろしかないんです」

今後、どのような成長を遂げるのか。楽しみで仕方ない。

(文・写真/斎藤寿子)

斎藤寿子(さいとう ひさこ)

斎藤寿子(さいとう ひさこ)

新潟県出身。大学卒業後、業界紙、編集プロダクションを経て、2006年からスポーツ専門Webサイトで記事を執筆。主に野球、バレーボール、テニスを担当。2011年から取材を始めた障がい者スポーツでは、パラ競技を中心に、国内大会をはじめ、2012年ロンドンパラリンピック、2014年仁川アジアパラ競技大会、2016年リオデジャネイロパラリンピックなどを取材。2015年からフリーライターとして活動している。

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