TOPへ
September 08 2017 By 斎藤寿子(さいとう ひさこ)

大きな可能性を感じさせた「トランジションバスケ」 ~車いすバスケットボール~

8月31日~9月2日の3日間にわたって、東京体育館で車いすバスケットボールの国際親善試合「三菱電機WORLD CHALLENGE CUP 2017」(WCC)が行われ、決勝でイギリスを破ったオーストラリアが優勝した。日本は初戦のオーストラリアに69-70で惜敗。トルコには65-49で勝利したが、イギリス戦を65-72で落とし、1勝2敗で決勝進出には至らなかった。3位決定戦では75-39でトルコに大勝して大会を終えたが、選手たちから聞こえてきたのは「悔しい」という言葉だった。しかし、それは世界の強豪相手にも、今、日本が目指し構築しようとしている「トランジションバスケ」に手応えを感じ、本気で「勝てる」と思えたからこそ湧き出てきた「悔しさ」だったに違いない。今大会、日本の車いすバスケに大きな可能性を感じさせた「トランジションバスケ」。及川晋平(おいかわ・しんぺい)ヘッドコーチ(HC)がそこに舵を切ったワケとは――。

車いすバスケットボールの国際親善試合「三菱電機WORLD CHALLENGE CUP 2017」

すばやい攻守の切り替えで、相手を翻弄する「トランジションバスケ」が、日本チームの強みになりつつある

得点力の差を生み出すスリーポイントラインでの攻防

「速い!」

今大会、日本の試合を見た人たちの多くが、そう感じたに違いない。オフェンスからディフェンスへ、ディフェンスからオフェンスへ……攻守の切り替えを意味する「トランジション」の速さを武器としたバスケは、オーストラリア、イギリスに敗れはしたものの、日本の可能性を大きく広げていた。それが、スタンドにも伝わっていたのだろう。日に日に観客たちの応援にも熱が入っていくように感じられた。

現在はまだ途中段階であり、選手たちそれぞれが「不足」を感じている部分は少なくない。しかし、自分たちが歩み始めた方向性が間違ってはいないという手応え、そして突き進んでいくべきという自信をつかんだに違いない。だからこそ、本気で悔しがることができたのではないか。試合後の選手たちの表情や言葉からは、そんなふうに思えた。

では、今、日本が目指している「トランジションバスケ」は、いったいどこから導き出されたものなのか。

昨年のリオデジャネイロパラリンピックでの9位という結果を踏まえ、及川HCが改めて考えたのは「体のサイズが大きい海外勢相手に、サイズのない日本がどう戦えば勝つことができるのか」ということだった。

「体のサイズの違いが一番に大きく影響するのは、スリーポイントラインの内側。そこに体の大きい選手が入ることによって、得点力の差が生まれる。ということは、体のサイズを生かさないようにするには、スリーポイントラインの内側に入れるか入れないか、そこでの攻防が重要となってくるわけです」(及川HC)

車いすバスケットボールの国際親善試合「三菱電機WORLD CHALLENGE CUP 2017」

オフェンスからディフェンスへ、ディフェンスからオフェンスへ。スピーディなバスケが展開された

では、日本がスリーポイントラインの攻防を制するには、どうすればいいのか。その答えが「トランジションバスケ」にある。例えば、オフェンスからディフェンスに素早く切り替えて、高い位置からプレッシャーをかけにいくことで、相手の攻撃を遅らせ、スリーポイントラインの内側でのシュートを容易にはさせない。ゴールから離れれば離れるほど、そして体勢が崩れたり、ショットクロックを気にしながらのタフショットになればなるほど、相手の得点力は落ちていく。

そうすると、次に生まれるのが日本の得点力アップだ。ディフェンスからオフェンスへと素早く切り替えることで、ディフェンスリバウンドからの速攻や、あるいはバックピックによるアウトナンバーでの攻撃につながる。相手よりいち早くフロントコートに入ることで、スリーポイントラインの内側での攻撃がよりしやすくなる。大きく言えば、これがスピーディーな「トランジションバスケ」が生み出す効果だ。

車いすバスケットボールの国際親善試合「三菱電機WORLD CHALLENGE CUP 2017」

いち早くスリーポイントラインの内側に入り、シュートチャンスをつくることができるか――。その攻防がカギとなる

舵を切る最大のきっかけとなったU23の活躍

及川HCが「トランジションバスケ」に本格的に取り組み始めようと考えた背景には、今年6月の世界選手権でベスト4進出を果たしたU23日本代表の活躍があった。

「手応え」こそつかんだものの「結果」を出すまでには至らなかったリオデジャネイロパラリンピックを踏まえ、及川HCはチームをより成長させるため、さまざまなことを考えていた。

「リオまでつくってきたものを延長させるだけでは、いつか行き詰まるだろうと思っていました。フィジカルとメンタルの部分をより強化させることは既に頭にありましたが、戦略的な部分をどうするかについては、『こうするべきだろうな』というものはあったものの、まだ『よし、これでいくぞ』というふうに決めきれるところまではいっていなかったんです」

そんな時に目にしたのが、今年1月、タイで行われたU23世界選手権のアジアオセアニア予選(AOZ)だった。日本代表では及川HCの右腕的存在である京谷ACが、HCとして率いたU23日本代表は、高さで上回る相手に対して、攻守の切り替えを速くした「走るバスケ」を展開した。特に守備を重視し引いて守るのではなく、オールコートやハーフラインという高い位置から強いプレッシャーをかけ、ビッグマンをゴール下に近づけさせない攻撃的ディフェンスで、予選リーグを全勝。決勝でこそ敗れたものの、準優勝という好成績を残してみせた。その5カ月後の6月、U23日本代表は世界選手権でベスト4となった。

「『トランジションバスケ』は、私の頭の中にもありました。でも、どこか躊躇している自分がいたんです。でも、U23のプレーを見て、京谷からも話を聞くことで、『なるほど』と腑に落ちた感じでした。もちろん、U23のプレーはまだ幼い部分はありましたが、それでもやっていることは理にかなっていて、日本代表でも十分に活用できるなと思ったんです」

車いすバスケットボール 及川晋平ヘッドコーチ

及川HCが「トランジションバスケ」の本格導入を決めた背景には、U23の躍進があった

実はAOZの直前、及川HCはカナダを訪れ、カナダ代表の合宿を視察し、車いすバスケの名将として知られるマイク・フログリーと話をしている。そこで描き始めたビジョンと、U23のプレーがピタリと重なったのだ。さらに、その後3月に視察したオリンピックを目指す日本代表の合宿でも、同じようにトランジションバスケが掲げられ、その重要性を再確認したという。AOZが大きなきっかけとなって、こうしたさまざまなことがつながっていったのだ。

しかし、これは決して単なる偶然ではない。シニア世代とジュニア世代の連携を図ることで、将来を見据えた継続的な強化につながるというビジョンの下、及川HCの右腕である京谷ACをあえてU23のHCに据えたことが大きく生きている。つまり、シニア世代とジュニア世代を同じ方向に向かわせた、及川HCと京谷ACの「共同作業」によって導き出されたのが「トランジションバスケ」であり、日本の可能性を広げたといえる。

シニアとジュニアの連携で生まれた「新戦力」

その「共同作業」によって台頭してきたのが、今回のWCCで「新戦力」となった川原凛(かわはら・りん)だ。彼は、今大会大きな注目を浴びた古澤拓也(ふるさわ・たくや)、鳥海連志(ちょうかい・れんし)とともに、U23日本代表では主力として「世界のベスト4」に輝いた一人。今回、初めて12人の日本代表メンバーに選ばれ、シニアデビューを果たした。

車いすバスケットボールの国際親善試合「三菱電機WORLD CHALLENGE CUP 2017」

今大会でシニアデビューを果たし、目覚ましい活躍を見せた、川原

その活躍は予想以上だった。オフェンスではクロスピックをかけ、ディフェンスに戻ろうとする相手を遅らせることで、味方が攻撃しやすいシーンをつくり出し、ディフェンスでは2倍も3倍も大きな体格の相手に対してもひるむことなく、素早く強くプレッシャーをかけていく。決して華やかなプレーではないが、彼の存在がいかに重要であるかは、コート全体を見渡せば一目瞭然だった。

及川HCは、川原についてこう評している。

「これだけオールコートでスピーディーなバスケをするとなった時に、川原のクイックネスは(持ち点1.5の選手の中で)今は日本一ですよね。今後は、(持ち点)2.0の選手と遜色ないほどのレベルに上がっていくんじゃないかなと思いますよ」

一方、本人は「自分がこうして日本代表に入れたのは、京谷ACがU23でトランジションバスケを指導してくれたからこそ。もちろん、まだまだの部分はたくさんありますが、それでも自分にとってやりやすいバスケです」と語っている。

指揮官から求められていることをきちんと理解し、忠実にやり遂げようとする川原。その活躍は、及川HCと京谷ACがしっかりと連携を図ってつくり上げてきた賜物といえる。

もちろん、今大会で見せたのは、日本が目指す「トランジションバスケ」の序章に過ぎない。及川HCも東京パラリンピックに向けたチームづくりの「第1ステージ」と述べている。次なるステージは、10月21~29日、中国・北京で行われる世界選手権のアジアオセアニア予選だ。

オーストラリアとは、そこで再び激突する。今大会では前半で2ケタのリードを奪いながら、後半で逆転を許し、わずか1点差に泣いた。そのオーストラリアに、今度は「勝ち切る」ところまで、チームを引き上げることができるか。

約1カ月後、日本の「トランジションバスケ」が、どう変化し、進化しているかに注目したい。

車いすバスケットボールの国際親善試合「三菱電機WORLD CHALLENGE CUP 2017」

来たる10月、世界選手権のアジアオセアニア予選で、「トランジションバスケ」の進化を目にするのが待ち遠しい

(文/斎藤寿子、写真/越智貴雄)

斎藤寿子(さいとう ひさこ)

斎藤寿子(さいとう ひさこ)

新潟県出身。大学卒業後、業界紙、編集プロダクションを経て、2006年からスポーツ専門Webサイトで記事を執筆。主に野球、バレーボール、テニスを担当。2011年から取材を始めた障がい者スポーツでは、パラ競技を中心に、国内大会をはじめ、2012年ロンドンパラリンピック、2014年仁川アジアパラ競技大会、2016年リオデジャネイロパラリンピックなどを取材。2015年からフリーライターとして活動している。

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

Twitterをフォローしよう!

前の記事へ
一覧に戻る
次の記事へ
前の記事へ
一覧に戻る
次の記事へ