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October 02 2017 By 斎藤寿子(さいとう ひさこ)

ふがいない記録は「停滞」ではなく「挑戦」の証し ~パラ陸上・高桑早生~

9月23、24日の2日間にわたって、「ジャパンパラ陸上競技大会」が、とうほう・みんなのスタジアム(福島市)で行われた。パラ陸上の国内大会として今シーズン最後のレースとなった今大会において、T44女子100mのアジア記録保持者である高桑早生(たかくわ・さき)は13秒97と、自己ベスト(13秒43)から程遠い記録に終わった。そこには3年後に向けた「新たな挑戦」に踏み切ったからこその苦悩、そして覚悟があった。

「ただ茫然としてしまった」100mの記録

大会初日、会場は朝からどんよりした雲に覆われ、午後になると小雨が降り、肌寒さが増していくあいにくの天気だった。そんな中で行われたT44女子100m。高桑の走りを見るのは、今年7月にロンドンで開催された世界選手権以来、約2カ月ぶりだった。

2カ月前の高桑は、脚が後ろに流れる癖を修正し、「前へ、前へ」と躍動感のある走りをしていた。しかし今回のレースでは、その躍動感が薄れているように感じられた。特に終盤の彼女の走りには「躍動感」というよりは、逆に地面をはうような感じが見受けられた。

その時、ふと思い出されたのは、2015年に見た走りだった。当時、彼女は本格的にウエートトレーニングを始めたことにより、走るための筋力がつき始めていた。特に変化を見せていたのは臀部(でんぶ)で、そのために地面を力強く蹴り上げてストライドの広い脚の動きを実現させながら、上半身がブレないという走りをしていた。今大会は、その時に近い走りに戻っているように感じられたのだ。

果たして、それはさらなる進化を求めた上で「戻した」のか、それとも「戻ってしまっていた」のか――。

レース後、ミックスゾーンに現れた高桑の表情、そして言葉からは、彼女自身が何かもやもや感を拭えずにいるように感じられた。ここ最近は記録の良しあしに関係なく、記者からの質問に対して明確な言葉で返すことが多かった高桑だが、今回は「言葉にするのは難しいのですが……」と抽象的な表現が多かった。それは決して「ごまかし」や「逃げ口上」というのではなく、本当に言葉で言い表すことができないでいるかのように思えた。つまり、高桑自身がまだ自分の頭の中で今の状況を把握し、原因を理解し、次へのステップに向けた考えにまで至っていないように感じられたのだ。

レースから2日後、高桑はブログにこう書いている。

<これが今の実力。

(中略)

ここに向けて集中してやってきたのに

なんで記録に結びつかないの…。特に100mがおわった後は何も考えられず

ただ茫然としてしまいました。(後略)

パラ陸上・高桑早生

なぜ記録が出なかったのか――。レース後の高桑の表情はさえなかった

なぜ記録が出なかったのか――。レース後の高桑の表情はさえなかった。

走った感触は「それほど悪くはなかった」にもかかわらず、そして「もっといい走りをするために練習してきた」にもかかわらず、なぜ記録が出なかったのか。インタビュー中も、そんな疑問が渦巻いていたに違いない。

体に染みついていなかった新しい動き

2カ月前の世界選手権で、高桑は予選敗退を喫した。記録は13秒69。自己ベスト更新を狙っていた高桑にとっては「悔しい記録」ではあったが、それでも昨年のリオデジャネイロパラリンピック予選で13秒43(自己記録)を出し、同決勝では13秒65だったことを考えると、そう悪い数字ではない。しかし、予選に出場した13人のうち、高桑の記録は10番目。たとえ現在の自己記録を出したとしても、ファイナリストの8人に入ることが精いっぱいで、今後メダル争いに食い込む可能性が低いことは明らかだった。

ロンドン、リオデジャネイロと2大会連続でパラリンピック決勝に残った高桑だが、3度目にして自らのピークと考えている2020年の東京でも同じ位置のままでいるつもりはない。だからこそ、高桑はあらためて世界選手権後、「わずかな変化」ではなく「大幅な進化」を求める決意をした。

その代表的なのが、義足のアライメントを変えることだった。「J」の形をしたカーボン製の足部の位置と角度を前に押し出し、これまでと比べると、2cmほど義足が前で地面をとらえられるようにしたという。そうすることで、より脚が後ろに流れることを防ぎ、地面に力を加えられる動きになるのではないかという狙いだった。

パラ陸上・高桑早生

もう「わずかな変化」ではダメだ、と大幅なレベルアップの道を模索する高桑

実際、地面から受ける反発力が強く、脚の戻りが速い感触があった。劇的な変化ではないものの、それでもプラスの方向に進んでいるように感じられていた。指導する高野大樹(たかの・だいき)コーチも「見た目も悪くはなかったので、このままなじんでいったら、どういう走りになるのだろうかと思っていた」という。

ところが、今大会ではその動きができていたのはスタートして15mほどのみで、徐々に狂いが生じ、うまくスピードに乗ることができなかった。

しかし、アライメントを変えた義足で走り始めて、まだ2カ月ということを考えれば、高桑の体に染みついていなかったとしても不思議ではない。たとえ練習でできていたとしても、タイムを狙ったレース本番で出す段階にまでは至っていなかったに違いない。

世界選手権までの時のような「躍動感」が薄らいでいるように見えたのは、それまでとは違う走りを求めていたからであり、そして「戻っている」ように見えたのは決して意識してのことではなく、新しい動きと以前までの動きとの「はざま」で表れていたものだった。

パラ陸上・高桑早生

高桑が目指しているのは、「大きな進化」だ。そのための「覚悟」の大きさも、並大抵のものではない

高桑は今、「進化への道半ば」なのだ。そして、目指す進化の度合いはこれまでとは比べものにならないほど大きい。

世界選手権後、高野コーチはアライメントを変える際、高桑にこんな質問をしたという。

「少しの変化で確実な進化を求めるのか、それとも大きな変化でリスクもあるけれど劇的な進化を求めるのか。どうしていきたい?」

すると、高桑は「大きな変化で劇的な進化」を選択した。そうでなければ、東京でメダル争いに食い込むことはできないからに他ならない。

「大きな進化」。それは、彼女の「覚悟」の大きさでもあるのではないか。

日本人が陸上競技のスプリントで、メダル争いどころか決勝に進むことがどれだけ難しいことかは、オリンピックを見ても周知の通りである。しかし、高桑は2度もパラリンピックの決勝に進んだランナーだ。その彼女が目指すべきはただひとつ「メダル」だ。しかし、その位置を目指すことは、簡単なことではないはずだ。それでも、彼女はやると決めたのだろう。

今シーズンのパラ陸上の大会は幕を閉じたが、昨年のリオデジャネイロパラリンピック後にブログに書いた「圧倒的な強さ」を求めた「挑戦の年」を、高桑はまだ終わりにするつもりはない。アライメントを変えた義足に適した走りを追求する作業を継続していくことで、来シーズンに向けた確かな手応えをつかむつもりだ。緻密で地道な作業の繰り返しこそが、大きな未来を切り開く原動力になると信じて、トレーニングの日々は続いていく――。

(文/斎藤寿子、写真/越智貴雄)

斎藤寿子(さいとう ひさこ)

斎藤寿子(さいとう ひさこ)

新潟県出身。大学卒業後、業界紙、編集プロダクションを経て、2006年からスポーツ専門Webサイトで記事を執筆。主に野球、バレーボール、テニスを担当。2011年から取材を始めた障がい者スポーツでは、パラ競技を中心に、国内大会をはじめ、2012年ロンドンパラリンピック、2014年仁川アジアパラ競技大会、2016年リオデジャネイロパラリンピックなどを取材。2015年からフリーライターとして活動している。

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