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October 12 2017 By 小林 香織

一輪車✕日本一周。人生最後の夏休みに叶えた「人生最大のチャレンジ」ー土屋柊一郎(前編)

土屋柊一郎

一輪車を移動手段にして日本一周をした、一風変わった男がいる。彼の名は土屋柊一郎(22歳)。それまでどこにでもいるような大学生だった彼は、その後、一輪車に乗って世界一周を成し遂げ、現在はYouTuberとしてメディアに露出している。

「たった一度だけ、真っ当なレールを外れてみよう」。そんな思いで始めた日本一周一輪車の旅が、いつの間にか人生の選択肢を縦横無尽に広げ、想像を超えた未来へと導いてくれた。

土屋を未知の世界へいざなった「一輪車」と「旅」。思わず応援したくなってしまう不思議なオーラを放つ土屋柊一郎の旅の経験は、私たちがまだ知らない人生の可能性を教えてくれる。

土屋柊一郎

モナコ公国の全景

元一輪車チャンピオンの父を持ち、小4で世界大会優勝

土屋の父親は、過去に一輪車の世界大会でチャンピオンを獲得している。生まれながらにして一輪車との縁が深い土屋は、父親の影響で小学校1年生から一輪車に乗り始めた。それから着々と力をつけ、4年生のとき、世界大会で優勝を果たす。

「一輪車の大会には、通常、トラック競技、マラソン、演技、マウンテン・ユニ(山を走るコース)などの部門があり、僕はジュニアの部のマウンテン・ユニで優勝しました。その他にも小4で5つほど金メダルを獲得し、『もう十分がんばったな』って満足して、一輪車で世界を目指すのはやめてしまいました」

土屋柊一郎

「小4が自分の一輪車のピーク」、そう話す土屋だが、その後も国内の大会に出場するなど、一輪車はずっと身近な存在に変わりはなかった。そんな彼にとって人生の転機となったのが、大学2年生の夏休みに挑んだ「一輪車での日本一周」だった。

「僕は高校・大学進学とこれまでレールに乗った人生を歩んできて、大学卒業後はきっと当たり前に就職するだろうと思っていました。だとしたら、『大学2年生の夏休みが、自由に使える最後の夏休みなんじゃないか』って気づいて、それなら『人生最後の夏休みに、人生最大のチャレンジをしてみよう』と考えました」

ヤンチャな一輪車少年に舞い降りた「宝物のような出会い」

土屋柊一郎

大阪の観光名所・グリコサイン前にて

そこで土屋が選んだのが、自身の最大の強みである「一輪車」を使っての日本一周。ただし、夏休みの2カ月で完走しなければならないため、一輪車とヒッチハイクを組み合わせた土屋なりの旅の仕方で日本を一周することにした。

自宅のある横浜から西回りのルートで関西方面を目指し、その後は九州へ。北陸を北上し北海道を周ったのち最後はまた横浜に戻るというコースをおよそ2カ月で見事完走した。一輪車で旅をすることによって、通常の旅では得られないたくさんの収穫があったと土屋は振り返る。

「背中に『一輪車で日本一周中』って看板を付けながら走っていたこともありますが、一輪車ってめちゃくちゃ目立つし走行スピードがゆっくりなので、たくさんの人に話しかけられるんです。スピードが出る自転車だと孤独な旅になりがちなところもありますが、一輪車は1人になるヒマがないぐらい(笑)。日々出会いの連続で、当時はSNSのフォロワーが1日で200人ぐらい増えることもありました」

土屋柊一郎

宿泊は野宿をメインに考え、テントと寝袋を持参していた。実際、野宿をした日も多かったが、それ以上に現地で出会った人の家に泊めてもらうことが多かったという。なかでも、京都での忘れ得ぬ出会いは土屋の価値観を大きく変えることになる。

何もないあぜ道を一輪車で走行中、ゲリラ豪雨に遭い、体もバックパックもすべてがびしょ濡れに。ヒッチハイクをするためのダンボールも濡れて使い物にならず、途方に暮れていた土屋の前に、1台の車が止まった。

「車からお兄さんが出てきて『事情はわからないけど、とにかく乗れよ』ってずぶ濡れの僕と荷物を乗せてくれ、さらに家に泊めてくれました。ご自宅には奥さんと4人のお子さんがいて、一緒に夏休みの宿題をやって、お風呂に入って、みんなで寝て、めちゃくちゃかわいかった! 後日、その中の小1の男の子が作文に僕との出会いを書いてくれて、その作文が学校で入賞したと聞きました。『お兄ちゃんみたいに僕も将来、日本一周したい』って。感動して思わず涙してしまいました」

土屋柊一郎

日本一周を終えて横浜の自宅に到着。感無量の土屋

数々のドラマを巻き起こし、型破りのチャレンジへ

日本一周を終えてからは、それまでと変わらない大学生活に戻った土屋。しかし、規格外の旅で得られる感動や自由に生きる喜びを知り、「このままレールの上に乗っていていいのか?」という気持ちも芽生えていた。そんなとき目にしたのが「世界一周コンテスト」の募集。世界一周団体TABIPPOが主催する学生限定のコンテストで、優勝賞品は世界一周できる航空券だった。

土屋柊一郎

世界一周のゴール「ウユニ塩湖」にて

「ふとTwitterを見ていたら、『世界一周コンテストDREAMの応募締切まであと20分』という投稿が流れてきて、『これは応募しなきゃもったいない!』と迷わず応募しました。その後、一次、二次、三次と勝ち進み、最終的には他の候補者に圧倒的な差をつけて優勝することができました」

誰もが心が熱くするような、日本一周での感動的なエピソード、そして人を惹きつける天性の才能が、彼にラッキーカードを運んだに違いない。さらに土屋に起こったドラマは、これだけではとどまらない。

土屋柊一郎

渋谷のスクランブル交差点でクラウドファンディングの周知活動を行う土屋

「その後は、『一輪車で世界一周の旅』の資金を募るクラウドファンディングを行ったんですが、残り1日ってところで目標の1/3の10万円しか集まっていませんでした。もともとプロモーションが目的だったものの、『せっかく支援してくれた人の気持ちを無駄にしたくない』と思って、残り時間で20万円を集めようと決め、朝から渋谷のスクランブル交差点で一輪車に乗って周知活動をしました。友人が各地から10人ほど集まってくれて、残り30分というタイミングでギリギリ30万円を達成することができたんです」

人並み外れた度胸に加えて、行動力と人徳と強運。ここまで揃えば、もはや怖いものなしだろう。クラウドファンディング以外にも、日本一周で出会った人たちからの個人的な支援も受けた。周囲からの期待を一身に受け、土屋は覚悟を決めて日本を飛び立った。21歳の土屋にとって、それが人生で初めての海外渡航だった。

 

土屋柊一郎
Twitter: つっち#世界一周一輪車少年
Facebook: 土屋柊一郎
YouTube: ボンボンTV
Instagram: tshsurf21

小林 香織

小林 香織 Facebook

2014年デビューのフリーライター。現在、「恋する旅ライターかおり」名義で、恋愛・旅・ライフスタイルジャンルの執筆にも挑戦中。人生の豊かさ、可能性を広げるためのメッセージを発信したいと願っている。自由な人生バンザイ

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