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October 19 2017 By 小林 香織

ゴールはウユニ塩湖!「一輪車世界一周10,000km走破の旅」が教えてくれたものー土屋柊一郎(後編)

土屋柊一郎

一輪車の元世界チャンピオンを父に持ち、自身も小4で世界の頂点に立った土屋柊一郎(22歳)。その後は世界の土俵から退いたものの、彼にとって一輪車はいつでもそばにいる相棒のような存在だった。前編はこちら

大学2年生の夏休み、土屋は愛すべき相棒を連れて日本一周を達成。人生で初めてレールをはみ出し冒険したことで、未知の世界に踏み出すワクワク感、自由に生きる喜びを知った彼は、よりスケールの大きなチャレンジを決意する。一輪車での世界一周だ。

世界一周コンテストでの優勝、終了30分前でのクラウドファンディングの成功と、次々とドラマを巻き起こした土屋は、旅の最中にも忘れられないドラマに遭遇することになる。

言葉が通じない相手とも、一輪車のおかげで打ち解けられた

土屋柊一郎

東南アジア、ヨーロッパ、北米、南米と回り、およそ9カ月をかけ10,000kmを一輪車で完走した土屋。彼にとってこの旅が初めての海外渡航であり、戸惑いも多かった。しかし、それ以上に心に残る出会いの連続があったのだ。

「アルパカぐらいしかいないペルーの田舎道を一輪車で走っていたら、パトカーが並走してきて『何しているんだ? 乗り物が壊れているなら乗りなさい』って(笑)。この機会を逃したら、ペルーのパトカーに乗れることなんてないだろうなと思ったので、ありがたく乗せてもらいました。南米では一輪車がほとんど普及していなく、警察官はハンドルがないことに衝撃を受けたみたいです」

土屋柊一郎

また、街中を走っていると、どこからともなく子供たちが飛び出してきて土屋を取り囲んだ。

「どの国でも、一輪車に乗っていると子供たちのヒーローになれました。子供たちに一輪車の乗り方を教えたり、ちょっとした芸を披露したり、一輪車がコミュニケーションツールになって、すぐに仲良くなれるんです。改めて一輪車をやっていてよかったと思いました」

一輪車を使った土屋の芸は子供だけじゃなく大人からも大好評で、イタリアでは一輪車での大道芸にもチャレンジ。大勢の観客からもらった拍手や歓声は、土屋にとって勲章のような思い出になった。

「イタリアの交差点でジャグリング中のお兄さんに出会い、彼のそばに一輪車が置いてありました。お兄さんは一輪車を買ったばかりでまだ乗れないということで、僕が乗ってパフォーマンスをすると話して意気投合したんです。一緒に芸をしてみたら、ものすごく盛り上がり、お兄さんの住まいであるキャンピングカーに宿泊までさせてもらいました」

どこに行っても、一輪車に乗っていれば、人と打ち解けることが容易に感じられた。「心を通い合わせるのに言葉はそれほど重要じゃない」。一輪車での世界一周を通じて、土屋はそんな思いを深めたと話す。

幾多のトラブルによって鍛えられたメンタル

土屋柊一郎

南米のボリビアにて

海外では格安のゲストハウスへの宿泊、現地で出会った人々の家に泊めてもらう以外に、時々野宿をしていた土屋。とはいえ、さすがに気温が氷点下になるような場所で寝ることはできない。土屋の精神を極限まで追い詰めたのは、北米で味わった寒さだった。

「世界一周中に一番心が折れそうになったのは、極寒の北米を一輪車で走っていたときでした。ニューヨークを出発したのが1月2日。夜はマイナス17度にまで下がり、容赦なく大雪も降ってくる。傘をさせないので、寒いのを通り越して手足の感覚がなくなってくるんです。しかも、小さい街なので安いホテルもなかなか見つからない。選択肢がどんどん狭まってきて、体力だけじゃなく気力も一気に奪われてしまいました」

多くの人から温かい支援をいただいているのだから、安易に別の移動手段を使ってはいけない。土屋の心にはそんな葛藤があった。しかし、最終的にバスを使い温かい地域まで南下することを決めた。

「メンタルがやられすぎてどうしようもなくなって、このまま消耗していても意味がないとやっと気づきました。僕は楽しむために旅をしているわけで、修行しに来たわけじゃない。バス移動を決断し温かい場所まで南下してきたら、野宿できるし、走っていても苦しくないし、現地の人柄も最高。あのとき決断して本当によかったと思いました」

土屋柊一郎

そして、土屋が一番恐怖を感じたのが、マレーシアで格安のホテルに宿泊したときのこと。深夜0時に土屋の部屋のドアをノックする者がいた。その主はホテルの従業員の中年男性で、『電球をチェックしたい』と言う。仕方なく部屋に入れたところ、男性の常軌を逸した行動に土屋の怒りが爆発した。

「おじさんは電球のチェックを終えたら、いきなり電気を消して僕の体を触ってきたんです。『ふざけるな!』と日本語で怒鳴って追い出したんですが、そのあと部屋で寝ていて、早朝5時ぐらいに寝返りを打ったところ……なんと、そのおじさんが隣に寝ていたんです……!! もう、恐怖のあまり心臓が止まるかと思いました。何かされたわけではないけど本気で怖かった。人間って本当に怖いときは声が出ないってことも知りました」

トラブルを乗り越えるたび、土屋のメンタルは確実に鍛えられ強くなっていった。マレーシアでの恐怖体験も、今となっては笑い話に変わった。

レールを外れてみたら、人生の可能性が無限大になった

土屋柊一郎

ボリビア「ウユニ塩湖」の夕暮れ

タイで高熱に侵されたときは、宿の女性が医者に連れて行って助けてくれた。トルコで一輪車がパンクし、修理するために必要な水がなかったときは、ヒッチハイクで車が止まってくれ、ホテルまで送ってくれた。どちらも言葉が通じない相手だったが、土屋が一輪車で世界一周を成し遂げようとしていること、そして今、困っている状態であることを理解し、できる限りの手助けをしてくれた。

アメリカで野宿をしていたときは、黒人の男性がわざわざ車を止めて降りてきて、「夜は寒くなるから」と毛布をくれた。

「ネックレスをジャラジャラ付けた黒人男性が近寄ってきたときは心臓バクバクでしたが(笑)、旅の最中は『人ってなんて温かいんだろう』と思うことばかりでした。彼らの助けがあったから、僕は無事に世界一周することができました」

そして、ついに土屋は最終地点のボリビアへ。「ゴールはウユニ塩湖で」と出発前から決めていた。

「ゴールを迎えた瞬間は『終わったー!!』という達成感で胸がいっぱいになりました。でも、一番感情が高ぶったのは、ウユニ塩湖に向かって一輪車で疾走しているときで、ずっと号泣しながら走っていました。旅の思い出がフラッシュバックして、9カ月間続けてきたこの日々が終わってしまうんだなって、うれしさや寂しさやいろんな感情が入り混じった複雑な気持ちでした。このときの心境は今でも言葉じゃ言い表せないですね」

大胆に人生のレールを外れ、破天荒な旅を達成した土屋の一番の変化。それは、「人生の可能性は無限大」と気づけたことだった。前例がないことをするには不安が伴う。でも、一歩踏み出せば自然と道筋が見えてきて、選択肢が広がる。成功すれば万々歳だが、たとえ失敗してもそれは失敗ではないと彼は言う。

「人生の失敗は“挑戦しないこと”だと僕は思います。挑戦したうえでの失敗は次に生かすことができますが、挑戦しないのは“人生の選択肢をつぶす”ということ。知らないことでも案外どうにでもなるし、やっていくうちに楽しさが見つかります。人生最大のチャレンジから得られた価値観を、今後はたくさんの人に伝えていけたらと思っています」

土屋柊一郎

YouTuber として出演する番組「ビタミンDe!」収録中の一コマ

一輪車での世界一周を終え注目を集める土屋は、2017年9月に開催された旅の野外フェス「旅祭」にゲストアーティストとして出演。さらにオーディションの合格を経てYouTuberになり、人気チャンネル「ボンボンTV」のデビューも飾ったばかりだ。土屋は担当番組の「ビタミンDe!」内で、爽やかイケメンキャラとして存在感を発揮する。

「YouTuberの活動と個人でやっている伊豆大島のゲストハウス「CARAVAN FLAKE(キャラバン フレイク)」の運営に加え、来年は大学に復帰し卒業しようと思っています。親や友達に『大学だけは卒業したほうがいい』と言われて。僕としては他にやりたいことがいっぱいあるので、もう行かなくてもいいかなと思っていたんですが(笑)」

22歳の土屋柊一郎の未来地図は、まだまだ余白にあふれている。可能性の塊である彼は、今後私たちにどんな夢を見せてくれるのだろうか。

 

土屋柊一郎
Twitter: つっち#世界一周一輪車少年
Facebook: 土屋柊一郎
YouTube: ボンボンTV
Instagram: tshsurf21

小林 香織

小林 香織 Facebook

2014年デビューのフリーライター。現在、「恋する旅ライターかおり」名義で、恋愛・旅・ライフスタイルジャンルの執筆にも挑戦中。人生の豊かさ、可能性を広げるためのメッセージを発信したいと願っている。自由な人生バンザイ

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