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October 30 2015 By 斎藤寿子(さいとう ひさこ)

決戦間近、リオの切符をかけた大分での戦い ~車いすマラソン・洞ノ上浩太~

11月8日、大分市で「第35回大分国際車いすマラソン」が開催される。国内では「障がい者スポーツ」「パラリンピック」という言葉もまだ認知されていなかった1981年から毎年行われている歴史ある大会だ(第1、2回大会はハーフのみの開催)。今年は来年のリオデジャネイロパラリンピックの選考も兼ねて行われ、例年以上に白熱したレースが予想されている。そこで今回は、国内トップランナーでリオの出場権獲得が期待されているランナーのひとりである、マラソン日本記録保持者(T53/54 ※)・洞ノ上浩太(ほきのうえ・こうた)の現況をレポートする。

洞ノ上浩太

東京マラソン(2015年大会)で、悲願の初優勝を果たした洞ノ上

スタートこそが勝敗を分けるポイントに

2002年に初めてハーフの部に出場して以来、毎年欠かさず出場してきた洞ノ上は、今年で14度目の大分国際車いすマラソンに臨む。数多くの国内外のレースに出ているが、なかでも大分は特別だという。

「車いすマラソンを始めて、最初に出場したレースが大分だったんです。だから、とても思い入れが強い大会ですね」

特にパラリンピック前年に行われるパラリンピック出場権がかかった選考会を兼ねているレースは、「別もの」。緊張感、高揚感は、例年以上だ。4年に1度巡ってくるそのレースが、今年というわけだ。

大分のコースは全体的にフラットな道のりが続くため、毎年スタートから高速レースとなる。最大のポイントはスタートにあると言っても過言ではない。上り坂などでスピードが落ちるなど、ミスが起きやすいポイントが少ないため、スタートで出遅れれば、後から挽回することは非常に難しくなるからだ。

洞ノ上は今大会、そのスタートにかけている。

「大分のコースはスタートした直後に、舞鶴橋を渡るのですが、ここでは緩い上り坂、橋の上に吹き付ける強風、そして下り坂と、勝負の分かれ目となり得るポイントが続き、少しも気を抜くことができません。ひとつでもミスをすれば、後で挽回することは難しく、勝負は非常に厳しいものとなることは過去、何度も経験済みです。だから『序盤は様子を見る』なんて悠長なことは言っていられません、もう最初から全力。スタートダッシュをかけていかなければいけないんです」

現在、大会5連覇中で、2012年ロンドンパラリンピックで銀メダルを獲得したマルセル・フグ(スイス)や、ボストンマラソンで9度、大分でも3度の優勝という実績をもつエレンスト・ヴァン・ダイク(南アフリカ)らの強豪に、スタートでいかに離されることなく、ついていけるかが最大のポイントとなる。

マルセル・フグ

大会5連覇中のマルセル・フグ=大分国際車いすマラソン(2012年大会)

しかし、上り坂を得意とし、そこでの駆け引きを強みとしてきた洞ノ上にとって、大分のようにフラットなコースで、ずっと高速をキープするというレースは、これまでどちらかというと苦手としてきた。「いつもスタートで勝負がついてしまっていた。国内の選手たちは、僕に対して、高速レースでは『最初の5キロで離してしまえば、大丈夫』というふうに見ていたはずです」

そこで、洞ノ上はスタートダッシュの練習を懸命に積んできた。たとえ40キロ走などの長距離を走るトレーニングの際にも、必ずスタートを意識してきたという。

手応えを感じたのは、今年2月の東京マラソンだった。大分と同じくフラットなコースが続く東京では、これまで8度出場し、いずれも2位、3位と、あと一歩のところで勝つことができなかった。しかし、今年はスタート直後の下り坂で自ら積極的に仕掛けて先頭に立つことで勝機を見いだし、見事初優勝を達成したのだ。

「これで高速レースを克服することができた」と洞ノ上。大分でも、スタートで自ら主導権を握るつもりだ。

レーサーとの一体感を求めて

本番のレースまで、1週間。体の仕上がり具合は万全に整いつつある。しかし、洞ノ上には本番までに乗り越えなければならない課題がある。レーサー(競技用車いす)だ。実は10月にレーサーを替えたのだ。これまではカーボンとアルミのハイブリッド型レーサーを使用していたが、フルカーボン製へと新調したのである。だが、まだそれを乗りこなしきれておらず、フルカーボン製の良さを引き出す走りができていないのだという。

「僕たちはレーサーを地面に近い所で漕ぐために、地面からのノイズ(振動)を受けながら走らなければならないんです。いわゆるスポーツカーと同じと考えてもらえればわかりやすいと思います。そのノイズが強ければ強いほど、体がブレ、漕ぎにくくなる。カーボンはそのノイズを吸収して消すという性能に優れた材質。実際に乗ってみてそのことを実感しました。ただ、僕自身がまだその性能を走りに生かしきれていないんです」

今、洞ノ上が最も頭を悩ませているのが、座位ポジションだ。レーサーのどの部分に重心をかけて、どれくらいの前掲姿勢で漕げば、最も力を伝えることができるのか。それが車いすランナーにとっては非常に重要である。とはいえ、決して簡単なことではない。ほんの少しのズレが走りを変えてしまうため、ベストなポジション探しは、非常に繊細だ。

「これまで使用していたハイブリッドのレーサーは、ロンドンパラリンピック前から乗っていたものなので、ポジションが染みついていたんです。だから、少しくらいバランスが崩れても、きちんと力を伝えることができた。でも、今はまだ自分の力が伝えきれていない感じがして、思い切り漕ぐことができていない状態。でも、大分までには何としてもフィットさせたいと思っています」

車いすランナーにとって欠かすことのできないレーサーとの一体感。洞ノ上は今、必死に模索中だ。

今大会でリオの出場権を獲得するためには、3位以内に入ることが絶対条件。かつ、日本人選手のトップで、男子は1時間27分以内という条件をクリアしなければならない。来年2月の東京マラソンでも同様の条件(男子は1時間28分30秒以内)でリオへの切符が1枚用意されているが、誰もが皆、この大分で決めようと必死だ。

「早く出場を決められれば、それだけリオへの準備に早くとりかかることができますからね。もちろん、僕も大分で切符を取るつもり。後の東京のことは全く考えていません」

1週間後、洞ノ上たち車いすランナーにとって大事な戦いが幕を開ける。果たして、どんなレース展開となるのか。大分国際車いすマラソンは、11月8日11時、大分県庁前をスタートする。

大分国際車いすマラソン

大分国際車いすマラソン(2009年大会)のスタート直後

(文/斎藤寿子、写真/越智貴雄)

※T53/54…障がいの程度によるクラス。詳細は大分国際車いすマラソン大会公式サイトを参照。

http://www.kurumaisu-marathon.com/contents/info/info003.html

斎藤寿子(さいとう ひさこ)

斎藤寿子(さいとう ひさこ)

新潟県出身。大学卒業後、業界紙、編集プロダクションを経て、2006年からスポーツ専門Webサイトで記事を執筆。主に野球、バレーボール、テニスを担当。2011年から取材を始めた障がい者スポーツでは、パラ競技を中心に、国内大会をはじめ、2012年ロンドンパラリンピック、2014年仁川アジアパラ競技大会、2016年リオデジャネイロパラリンピックなどを取材。2015年からフリーライターとして活動している。

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