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November 10 2017 By 斎藤寿子(さいとう ひさこ)

踏み出した「女子パラアイスホッケー」の大きな一歩

10月9~14日の6日間、スウェーデンで行われた平昌パラリンピック最終予選、パラアイスホッケー日本代表は3勝1敗で銀メダルを獲得し、2大会ぶりとなる「世界最高峰の大会」への切符をつかんだ。そんな熱き戦いが北欧で行われていたちょうどその時、韓国では新たな取り組みが行われていた。「女子パラアイスホッケー」の史上初めてとなる「世界合同キャンプ」だ。そこで今回は、日本国内で女子選手の発掘と普及活動に奔走しているミドルトン木村恵子(みどるとん・きむら・けいこ)氏(日本女子パラアイスホッケー代表)に、「女子パラアイスホッケー事情」について話を聞いた。

ミドルトン木村恵子氏

日本国内でパラアイスホッケーの女子選手発掘と普及活動に奔走している、ミドルトン木村恵子氏

欧米では誕生している「女子代表」

現在、冬季パラリンピックの正式種目である「パラアイスホッケー」は、通常1チーム15人の男子選手で構成される。だが、実は女子選手にも出場資格がある。国際パラリンピック委員会(IPC)のルールでは、15人に加えて、女子選手を「16人目」として1人加えることができるのだ。いまだかつて「16人目」の女子選手を選出した国はないが、来年の平昌パラリンピックでは、ノルウェー代表チームが史上初めて16枚目のカードを切る可能性があるという。それだけの実力を兼ね備えた女子選手が存在するというのだ。

そんな中、世界では「女子パラアイスホッケー」の普及活動が広がっており、パラリンピックの正式種目への道が模索されている。すでにアイスホッケーが人気のアメリカ、カナダでの女子パラアイスホッケーの競技人口は200~300人に上る。年に一度トライアウトが行われたうえで「女子代表チーム」が結成され、2カ国間での「交流試合」が行われている。

また、ヨーロッパでもイギリス、ノルウェーを中心に、女子選手が増加傾向にある。イギリス、ノルウェーは、すでに競技人口は2ケタに上り、単独で代表チームが結成できる状況だという。2014年には初めてIPC公認の国際大会が開催され、アメリカ、カナダの代表のほか、ヨーロッパ連合チームが参加した。

そして今、女子パラアイスホッケーが目指しているパラリンピック採用の最大のカギは、アジアにある。アジアに一つでも代表チームが誕生すれば、「世界での普及」となり、採用される可能性が高くなるからだ。そのため、女子パラアイスホッケー界が最も注力しているのが、アジアへの普及活動。特に代表チームをパラリンピックに派遣している日本と韓国に大きな期待が寄せられている。

初めての達成感に涙した17歳の成長

そのアジアへの普及活動の本格化を促す大きな出来事となったのが、今年10月、韓国で行われた「Women’s Para Ice Hockey Development Camp」だ。IPC公認で行われた初めての女子パラアイスホッケーの世界合同合宿で、パラスポーツの発展を支援するIPCの機関であるアギトス財団、そして平昌パラリンピック組織委員会の2団体の全面的な協力の下に開催された。この合宿には13カ国からコーチ、選手が参加。アジアからは日本と韓国の2カ国で、日本からは選手2人、コーチ2人の計4人が参加した。

Women's Para Ice Hockey Development Camp

「女子パラアイスホッケー」の史上初めてとなる世界合同キャンプ、「Women’s Para Ice Hockey Development Camp」の様子(写真提供:ミドルトン木村恵子さん)

日本から参加した選手2人のうち、1人は都内の特別支援学校に通う17歳。数年前に一度、東京のパラアイスホッケーチームの練習を見学したことはあったが、夜中から早朝にかけてという練習環境がネックでチームには入らなかったという。しかし、今回木村氏が合宿について伝えると、「ぜひ、参加したい」と意欲を見せた。家族の理解を得て、これを機に本格的にパラアイスホッケーを始めることにした彼女は、合宿までの約3カ月間、週末は東京チームの練習に参加し、基礎を学んだ。

そうして彼女にとって初めての海外である韓国での合宿に参加。すると、わずか3日間ですっかり成長した彼女に、木村氏は驚いたという。

「東京チームの練習に参加し始めた頃は、私から『こうだよ』『ああだよ』と言ってあげて、それこそ用具を着けるところから手取り足取りやってあげなければいけなかったんです。ところが、韓国での合宿ではしっかりと一人ですべて用意できるようになっていました」

成長の跡は、それだけではなかった。最終日、全日程が終わってバスに乗り込んだ彼女は、人目もはばからずに泣き出した。後に彼女は木村氏に、涙の訳をこう伝えた。

「3日間が終わったんだな、って思ったら、達成感で泣いちゃったんです」

さらに帰国後、そのことを聞いた母親から、木村氏はこう感謝の言葉を述べられたという。

「あの子が、泣くほどの達成感を感じたのは、おそらく初めてのことだったんじゃないかと思います。本当にありがとうございました」

ふだんの彼女は、人前であまり感情を出すことはない。その彼女が人前で泣いてしまうほど、熱い思いが込み上げてきたに違いない。

そして、母親が「これからアイスホッケーは続けるの?」と聞いた時、彼女はこう答えたという。

「私もいつかゴールを決めたいから、これからも続けたい」

それを聞いた木村氏は、改めてパラアイスホッケーの魅力を感じ、「女子パラアイスホッケーを普及させたい」という思いが一層強まった。

厳しい「練習環境」がハードルに

現在、日本国内の女子選手は、今回の合宿に参加した2人のみだが、木村氏は普及の可能性は十分にあると感じている。

「今年3月に、国内では初めて主に女子を対象としたパラアイスホッケーの体験会を行ったんです。そしたら、20人以上も参加してくれました。20代が一番多く、小学生も来てくれました。みんな『楽しい』『またやりたい』と言って、とても喜んでくれたんです」

その姿に、木村氏は「パラアイスホッケーに興味を持つ女子はたくさんいる」と感じた。しかし、それでも普及が遅々として進まないのは、パラアイスホッケーをするためにはいくつかの高いハードルがあるからだ。なかでも最重要課題は「練習環境」にある。

現在、国内には全国に4つのパラアイスホッケーのクラブチームがある。しかし、いずれも練習環境に決して恵まれているとは言えない。特に関東ではリンクを借りることができるのは、夜中から朝方にかけての時間帯に限られている。これでは、10代や車を所有していない者は練習に参加することすらままならない。そのため、木村氏は今後、女子選手の練習環境を整えるためにも、まずは協力してくれるスポンサー探しに奔走するつもりだ。

ミドルトン木村恵子氏

夜中に行われる、パラアイスホッケー 東京チームの練習をサポートする木村氏

来年5月には、欧州で女子の国際大会が開催される予定だという。そこに日本と韓国を中心とする「アジア連合チーム」を派遣したいと、木村氏は考えている。

「15人フルに集まらなくても、不足している分は、アメリカやヨーロッパの選手にも入ってもらってもいいと思っています。とにかく、アジア、特に日本から1人でも選手を派遣できれば、大きな一歩となるはずです」

現状は厳しく、容易でないことは明らかだ。それでも、いや、だからこそ、木村氏は本気だ。

「パラ種目になる夢を、一緒に追いかけてほしい」

パラ女子アイスホッケーの歴史は、これから始まる――。

ミドルトン木村恵子氏

いつか世界最高峰の舞台で、パラ女子アイスホッケー日本代表が戦う姿を見たい。木村氏は、そのための一歩を今、踏み出そうとしている

(文/斎藤寿子、写真/越智貴雄)

斎藤寿子(さいとう ひさこ)

斎藤寿子(さいとう ひさこ)

新潟県出身。大学卒業後、業界紙、編集プロダクションを経て、2006年からスポーツ専門Webサイトで記事を執筆。主に野球、バレーボール、テニスを担当。2011年から取材を始めた障がい者スポーツでは、パラ競技を中心に、国内大会をはじめ、2012年ロンドンパラリンピック、2014年仁川アジアパラ競技大会、2016年リオデジャネイロパラリンピックなどを取材。2015年からフリーライターとして活動している。

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