TOPへ
November 20 2017 By 斎藤寿子(さいとう ひさこ)

主力不在だからこそつかんだ「収穫」と見えた「現状」 ~車いすバスケットボール~

11月10~12日の3日間にわたって、北九州市立総合体育館では国際車いすバスケットボール大会「北九州チャンピオンズカップ」が行われた。日本代表のほか、オランダ代表、カナダ代表、そして韓国からは国内随一の最強クラブ・チェジュ車いすバスケットボールチームが参加。4チームでの総当たりの予選リーグが行われ、日本は3戦全勝し、決勝に進出。決勝ではチェジュを77-64で破り、「完全優勝」を達成した。果たして、今大会から見えた日本代表の「現在」、そして「これから」とは――。3日間の戦いを振り返る。

車いすバスケットボール日本代表

今大会、「結果」だけでなく「内容」も問われた日本代表

「誰もいなかった」初戦の韓国戦

今大会、日本代表は「若手育成」「新戦力発掘」という意味合いのチーム編成が行われた。そのため、昨年のリオデジャネイロパラリンピック、さらには今年10月の世界選手権予選だったアジアオセアニアチャンピオンシップス(AOZ)メンバーの多くが不在となった。

特に、現在の日本代表に欠かすことのできない「絶対的存在」である、香西宏昭(こうざい・ひろあき)、藤本怜央(ふじもと・れお)、豊島英(とよしま・あきら)の3人がそろって不在とする中、彼らに頼ることなくどのような戦いをするかは、一人一人の真価が問われ、まさに今後の日本代表を占うという意味合いを持っていた。

初日、対戦したのは韓国のチェジュ。若手を多く入れたカナダやオランダの代表チームとは異なり、チームとして仕上がっているチェジュは、韓国の絶対的エースであるキム・ドンヒョンを柱とする強豪。今大会、日本にとって最大の強敵と目される相手だった。

結果は72-54で日本の勝利。スコアだけを見れば、意外と差の開いた試合と映るが、決して日本が主導権を握ったわけではなかった。特に3Qの終盤は、キム・ドンヒョンに「やられた」。ゴール下のみならず、スリーポイントも決められ、残り20秒で2点差にまで詰め寄られたのだ。鳥海連志(ちょうかい・れんし)がブザービーターのショットを決めて48-44としたものの、正直、勢いはチェジュにあった。

国際車いすバスケットボール大会「北九州チャンピオンズカップ」

韓国の絶対的エースのキム・ドンヒョン(右)に、日本代表は完全に「やられた」展開だったが――

4Qの前半は、一進一退の攻防が続いた。ところが、残り5分を切ったところで、キム・ドンヒョンがファウルを取られ、この判定にソン・チャンフンがレフリーに猛抗議。彼の行為がアンスポーツマンライク・ファウルになると、納得がいかなかったのだろう、チェジュは主力3人をベンチに下げてしまった。両チームに差が開いたのは、その後のことだった。正直に言えば、チェジュが最後まで主力で戦い続けていたとしたら、果たして日本が勝っていたかどうかはわからなかった。

試合後、及川晋平(おいかわ・しんぺい)ヘッドコーチ(HC)の表情も言葉も、厳しかった。

「来年の世界選手権に向けて使える選手、そして本番で戦える選手の見極め、発掘というのが、今大会の一番の狙い。そういう意味で、この試合では誰もいなかったですね」

残念ながら、指揮官の言葉通りだった。2週間前のAOZの残像がまだはっきりと残っている目から見ても、この日の日本代表には、どこかゴールに向かう姿勢が希薄に感じられた。

「香西、藤本、豊島がいないと、やっぱり日本代表はダメなのか、と選手たちに問いたいと思います」と及川HC。この指揮官の言葉が、どれだけ選手に響くのか。翌日のオランダ戦に注目が集まった。

車いすバスケットボール及川晋平ヘッドコーチ

「変化」「成長」を求め、選手たちを鼓舞する及川HC

40分間、「アグレッシブに、かつ冷静に」を保ち続けた鳥海

大会2日目の11日、優勝を目指す日本にとって、この日は一つの「ヤマ場」でもあった。チーム一のボールハンドリングとスリーポイントの技術を持ち、ゲームメーカー役を担う古澤拓也(ふるさわ・たくや)が、大学の試験でチームを抜けていたのだ。

古澤の不在と、前日の不甲斐なさが相まって、いよいよ選手一人ひとりの真価が問われたこの試合、指揮官からのハッパに気負いすぎたのか、出だしはミスが続き、日本のターンオーバーから相手に連続得点を与えてしまった。

しかし、実力は明らかに日本の方が上回っていた。オランダの若手選手のシュート技術は、そう高くはなかったからだ。そのため、ボールチェックなど、いつも通り粘り強いディフェンスをすれば、高さで勝る相手にもそう簡単に得点は奪われなかった。2Q以降、試合の主導権を握った日本は徐々にその差を広げ、66-42で勝利を収めた。

この日得たのは「結果」だけではなかった。前日とは一転、この日のチームには「積極性」が垣間見られた。「自分の役割を果たす」ことはもちろん、一人一人に「自分がチームを牽引する」という姿勢が、プレーにも、表情にも、はっきりと表れていた。

国際車いすバスケットボール大会「北九州チャンピオンズカップ」

前日と打って変わって、積極的な姿勢が見えたオランダ戦

その中で、特に前日と大きく変化していたのは、チーム最年少の鳥海だった。前日の鳥海は、バタバタ感が否めなかった。武器であるスピードとキレのある動きで勝負にいったはいいが、勢いあまって転倒という、「雑さ」が目立つシーンも少なくなかった。しかしこの日、古澤が不在とする中、ゲームメーカー役を担った鳥海のプレーには、終始、冷静さがあった。「自分がチームを統率する」という静かな気迫に満ちていたのだ。

国際車いすバスケットボール大会「北九州チャンピオンズカップ」

チーム最年少の鳥海。アグレッシブさと冷静さを兼ね備えたプレーで、堂々とチームを牽引した

この日、鳥海の初得点は2Q残り3分での26点目だった。それまで彼はアシストにまわっていたのだ。コートに立ち続けていながら、これほどまでに彼のシュートシーンがなかったことは、ほとんど記憶にない。もちろん、この日も決してゴールに消極的だったわけではない。常に周囲を見ながら、パスをすべき時にはパスをし、自らがシュートを打つべき時には打つ、勝負にいくべき時はいく。そんな、その瞬間、瞬間の最良と思える判断をし続けていたように感じられた。

試合後、鳥海自身に話を聞くと、「アグレッシブにいきながらも、冷静にプレーする」ということをテーマに掲げていたという。その点について聞くと、「今日はまずまずの内容だったかな」と、自らに合格点を与えていた。

期待が大きいからなのだろう。最近では鳥海に対して辛口のコメントが多い及川HCも「いつもは自分の雑さを補ってくれる古澤がいなかった中で、ちゃんと試合をコントロールしていたと思います」と述べた。鳥海を一度もベンチに下げることなく、40分間起用し続けた裏側には、この日の彼への信頼感があったのではなかったか。その指揮官の期待に、鳥海はしっかりと応えた。

AOZとの違いが表れていたアップでの空気感

迎えた大会最終日、まずはリーグ最終戦でカナダと対戦した日本は、55-46で勝利を収めた。これで3戦全勝とした日本は、予選トップでの決勝進出を決めた。しかし、この試合は初戦同様に、内容的に納得いくものではなかった。最終日ということもあり、疲労が残っていたのか、チーム全体のシュートの確率が非常に悪かったのだ。

そして、何より気になったのは、ハーフタイムでのアップの様子だった。やっていることは、AOZと同じルーティンであるにもかかわらず、選手たちの動きも、雰囲気も、2週間前の日本代表の姿とはまるで違っていた。AOZでは、どんなに格下が相手の試合であっても、香西、藤本、豊島をはじめ、日本代表には鬼気迫るほどの空気感が、試合中だけでなくアップの時にもあった。それが、この時の日本代表には皆無に等しかったのだ。

試合後、及川HCも「ストレスがたまる試合でしたね。いかにこれまで、香西、藤本、豊島の傘の中にいたのか、これではっきりとしたと思いますよ」と表情を曇らせた。言わずして、最終戦での奮起が望まれた。

そうして、3時間後に行われた決勝では、韓国のチェジュとの「再戦」が行われた。

「韓国代表のエースがいるチームに、僕ら日本代表が負けるわけにはいかない。ここで先輩たちが築いたものを崩すわけにはいかない」。この日、チームに戻ってきた古澤は、そう考えていた。今度こそ、胸を張って「勝った」と言える内容の試合にしなければいけなかった。

国際車いすバスケットボール大会「北九州チャンピオンズカップ」

胸を張って勝利をもぎ取るべく、奮起した古澤

ハーフライン、スリーポイントラインまで下がってのラインディフェンスを敷いていた前日までとは一転、この日はスタートからプレスディフェンスが敷かれた。味方が得点を決めた時に、ボールを運ぼうとする相手に対して即座にプレスをかけにいく「カウントプレス」と、得点を決められなかった時にも即プレスをかけにいく「ノーカウントプレス」の戦術を使い分けながら、日本は切り替えの速い「トランジションバスケ」を展開した。

すると、初戦はゴール近くでボールを回すことができていたチェジュも、この日は「ボール運び」に苦戦を強いられた。それでもエースのキム・ドンヒョンが個人技を見せ、ドライブやカットインでゴール下からねじ入れたかと思えば、スリーポイントを鮮やかに決めるなど、得点を重ねた。

そんな中、チームを牽引したのは、古澤と秋田啓(あきた・けい)だった。この試合、古澤はスリーポイントを9本中6本、67%という高確率で決めてみせた。一方、秋田はゴール下を中心に、次々とインサイドからねじ込んでいった。2人は共にこの試合での最多27得点をマーク。アウトサイドやカットインで得点を奪う古澤と、ポストプレーでインサイドを制した秋田。それは、まるで「ダブルエース」としてチームを牽引してきた香西と藤本のような活躍だった。

国際車いすバスケットボール大会「北九州チャンピオンズカップ」

決勝で最多タイのゴールを決め、チームを牽引した秋田

ますます激化する選手間競争

結果は、終盤にミスが多く出たチェジュを引き離すかたちで、日本が77-64で勝利を収めた。紆余曲折ありながらも、最後は若手中心のチームで2017年シーズンに求め続けてきた「トランジションバスケ」で勝ち切り、優勝で終えたことは、次への明るい材料となることは間違いない。

とはいえ、及川HCも、京谷和幸(きょうや・かずゆき)アシスタントコーチ(AC)も、満足しているわけではない。全日程を終え、2人に今大会を振り返ってもらうと、それぞれの思いを語ってくれた。

「メンタルの強さという部分で追い込んだ中で、これまで戦えていなかった選手たちが、最後は戦って勝ち切れたことは、一つの収穫かなと思っています。ただ、追い込まれてからやるのではなく、常にやれるようにならなければいけない。今大会で、自分がやれること、やれないことははっきりしたはず。だからといって、求められたことに対して『やれない』とは言わせない。やれないのであれば、練習するのみ。そのうえで、『自分がやります!』と出てくるようでなければ、代表は務まりません」(及川HC)

「試合はいつもいい時ばかりではない。そんな中で、最後に勝ち切れたというのは、大きな経験になったと思います。ただ、同じ選手に何度も同じことをやられているようでは、バスケットボールプレーヤーとしてどうなのかという疑問を抱いたことも確か。このままでは、彼らは来年の世界選手権で12人のメンバーには残れないと思いますよ」(京谷AC)

1カ月後の12月には、来シーズンの「強化指定選手」への選考合宿が待ち受けている。ここで生き残らなければ、世界選手権への出場メンバーへの選考ステージに上がることさえもできない。

果たして来年の8月、ドイツ・ハンブルクの地で日の丸を背負って戦うのは誰か――。着実に、確実に成長し、ますます「選手間競争」が激化する男子車いすバスケ界から、来シーズンも目が離せそうにない。

国際車いすバスケットボール大会「北九州チャンピオンズカップ」

高みを目指して切磋琢磨し合う選手たち。来年の8月、日の丸を背負って戦うのは誰か――

(文・写真/斎藤寿子)

斎藤寿子(さいとう ひさこ)

斎藤寿子(さいとう ひさこ)

新潟県出身。大学卒業後、業界紙、編集プロダクションを経て、2006年からスポーツ専門Webサイトで記事を執筆。主に野球、バレーボール、テニスを担当。2011年から取材を始めた障がい者スポーツでは、パラ競技を中心に、国内大会をはじめ、2012年ロンドンパラリンピック、2014年仁川アジアパラ競技大会、2016年リオデジャネイロパラリンピックなどを取材。2015年からフリーライターとして活動している。

この記事が気に入ったら
いいね!しよう