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November 24 2017 By 斎藤寿子(さいとう ひさこ)

2017年、転機を迎えた28歳スイマー ~パラ水泳・富田宇宙~

「彼の存在がなかったら、リオの翌年、僕はこんなに頑張っていなかったかもしれない」

昨年のリオデジャネイロパラリンピックで銀2、銅2の4つのメダルを獲得し、今や日本パラ水泳界のエース的存在である木村敬一(きむら・けいいち)に、こう言わしめるスイマーがいる。富田宇宙(とみた・うちゅう)だ。2020年東京パラリンピックに向けて、新たな「注目選手」として浮上してきた富田とは――。

パラ水泳・富田宇宙

日本パラ水泳界のエース・木村敬一のライバル的存在へと台頭してきた富田宇宙

クラス転向でつかんだ世界への切符

富田が水泳を始めたのは3歳の時で、小学校、中学校、高校でも泳ぐことをやめなかった。そんな彼の体に異変が生じたのは、高校2年の時だった。徐々に視野が失われていく進行性の目の病気である「網膜色素変性症」にかかったのだ。高校卒業まで水泳を続けたが、日本大学進学後は「視野に関係なく、健常者としてできる競技」を模索した結果、競技ダンス部に所属。全日本大学選抜大会にも出場するほどの腕前を見せた。

しかし、さらに症状が進み、大学卒業後はダンスを断念。2012年からは、パラ選手として水泳を再開した。初めは「あくまでも趣味の一環」だったという富田だが、2015年には日本選手権で400m自由形、1500m自由形でアジア新記録をマーク。今年4月には日本体育大学大学院への進学と同時に、同大水泳部に所属し、2020年東京パラリンピックを目指す道を歩み始めた。

そんな中、富田にとって転機ともいえる出来事が起きた。今年7月6~9日にドイツ・ベルリンで行われた「世界パラワールドシリーズ」での国際クラス分けの結果、それまでのS13(視覚障がいの軽度)からS11(視覚障がいの全盲)にクラスが変更となったのだ。そのため、富田が持つ100m自由形、400m自由形、100mバタフライ、200m個人メドレーの記録が、3月の世界選手権選考会でのS11の標準記録を突破することとなった。

そこで日本身体障がい者水泳連盟は臨時の選考委員会を開催し、特例として富田を世界選手権に追加派遣することを決定した。富田にとって、初めて「世界一決定戦」への道が開かれたのだ。

S11のクラスには、北京、ロンドン、リオデジャネイロと3大会連続でのパラリンピック出場経験を持つ木村敬一というエース的存在がいる。もともと「気が合う」という木村とライバル関係になった富田。新たな環境について、彼はこう語る。

「自分の病気は進行性なので、障がいが重くなることはもともとわかっていたことでした。日常生活においてはつらい部分もある。でも、それは冷静に受け止めています。同じクラスになった木村くんについては、『目が見えない』という部分においては、一緒にいると、やはり僕よりも強いと感じることがあります。ただ、僕にとっては、もともと見えていたという部分がアドバンテージになると思っています。もともと見えなかった(先天性の)木村くんと、見えていた僕とでは、まったく逆のプロセスを歩んできたのですが、以前から彼とは気が合っていて、仲間としても、ライバルとしても、とてもありがたい存在です」

「国内でライバルの出現を望んでいた」という木村にとっても、富田の存在は大きい。今後は、2人が切磋琢磨していくことによる相乗効果が期待されている。

パラ水泳・木村敬一

「国内でライバルの出現を望んでいた」と話す木村。二人の切磋琢磨が待ち遠しい

言葉からあふれ出る「負けん気の強さ」

9月2、3の両日、世界選手権前最後の大会として臨んだ「ジャパンパラ水泳競技大会」(東京辰巳国際水泳場)で、富田は400m自由形予選でアジア記録を塗り替える4分40秒02の好タイムをマークすると、決勝では予選をさらに上回る4分39秒71のアジア新を樹立。これは昨年のリオデジャネイロパラリンピックの銀メダリストを上回るタイムで、今シーズンにおいては世界ランキングトップだった。彼にとって初めて臨む、約1カ月後に迫った世界選手権では、世界に「富田宇宙」の名を知らしめる種目となるに違いないと期待された。

だが、残念ながら9月30日~10月6日にメキシコで開催される予定だった世界選手権は、19日(現地時間)に発生した大地震により延期された。その後、11月27日~12月7日に開催されることが発表されたが、日本身体障がい者水泳連盟は、余震が続く中での選手の安全面を考慮し、日本代表チームの不参加を決定。富田にとっての「世界水泳デビュー」はお預けとなった。

「クラスが変わった中で大きなチャンスをいただいて、しっかりと国際大会で結果を出すということを目標にしてきたので、それが果たせなくて残念な気持ちはあります。ただ、自分としてはしっかりと強化できているという実感があるので、来年のアジアパラ競技大会などの国際大会でメダルという結果を出したいと思います」

そんな富田に刺激されるように、木村の成長スピードも加速している。「ライバル対決」が注目される100mバタフライは、木村にとってリオで銀メダルを獲得している得意種目。11月18、19の両日、今年最後の国内レースとなった日本選手権では、富田を突き放し、1分1秒45のアジア新記録を樹立した。

もちろん、富田も負けるつもりはない。今年9月のジャパンパラ競技大会では記者とのこんなやりとりがあった。富田が100mバタフライの目標として「1分1秒台」を掲げると、記者からは「それは木村選手を意識して、日本記録更新を狙っているということでしょうか」と投げかけられた。すると、富田は少し語気を強めてこう答えた。

「木村くんがどこにいるというのは、僕が目指すタイムとは全く関係ないです。僕はもっと速くなりたいし、もっともっと上にいきたいと思っています。東京パラリンピックで金メダルを取ることが最終的な目標。どんなトラブルがあっても問題なく金メダルを取れるような、圧倒的な力を身に付けたいと思っています」

富田の台頭によって誕生した「ライバル物語」が、日本のパラ水泳界を熱くさせていくに違いない。

(文/斎藤寿子、写真/越智貴雄)

斎藤寿子(さいとう ひさこ)

斎藤寿子(さいとう ひさこ)

新潟県出身。大学卒業後、業界紙、編集プロダクションを経て、2006年からスポーツ専門Webサイトで記事を執筆。主に野球、バレーボール、テニスを担当。2011年から取材を始めた障がい者スポーツでは、パラ競技を中心に、国内大会をはじめ、2012年ロンドンパラリンピック、2014年仁川アジアパラ競技大会、2016年リオデジャネイロパラリンピックなどを取材。2015年からフリーライターとして活動している。

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