サイクルロードレースは一見、チーム同士の戦いだ。同じジャージを着た、チームの「トレイン」が激しく競り合う様子は、この競技の美しさを象徴する光景の一つである。
ところが栄誉は、チームよりは個人に与えられる。たとえば、ツール・ド・フランスで最高の栄誉である黄色いジャージ「マイヨ・ジョーヌ」はチームではなく、総合優勝「者」、つまりもっとも短いタイムで走り切った選手だけに与えられる。彼のチームメイトはマイヨ・ジョーヌを着ることはできない。
つまりこの競技は団体競技であるにかかわらず、最終的には個人競技として競われる。チームを代表して優勝を狙う選手は「エース」と呼ばれ、エースは基本的に、チームに1人しかいない。
では、エース以外の選手は何をしているのか?
エースのための献身
エース以外の選手は「アシスト」と呼ばれ、エースを助けるために走っている。自分の勝利のためではない。
アシストのもっとも基本的な仕事は、エースの前を走って風よけになることだ。エースはアシストの後ろにいれば空気抵抗を減らせるから、体力の消耗を抑えられる。だからエースは、チームのトレインの一番後ろにいることが多い。

アシスト選手が「風よけ」となりエースを「引く」 (写真:Hernán Piñera)
アシストの仕事は他にも無数にある。
エースのために飲み物や食べ物を運ぶのもアシストの仕事だし、エースのタイヤがパンクしたら、自分のホイールを外してエースに差し出すこともある。もちろん、そんなことをすれば自分のスペアホイールが手に入るまでは走り出せないから、最悪リタイアになってしまう危険もあるが、チームにとって大切なのはあくまでエースの順位である。アシストはときに、見捨てられる。
脱落するアシストたち
レースが終盤に近づくにつれ、アシストたちは、風を受け続けて力尽きたり、機材を失って脱落し、チームのトレインは数を減らしていく。
こうしていよいよ、テレビの前のファンが待ち望んだ各チームのエース同士の対決がはじまるのだが、そのころにはほとんどのアシストは画面から消え、エースたちのはるか後方を走っている。

ゴール地点の注目はエースに集まる(写真:IQRemix)
やがてレースの勝敗が決し、表彰式やヒーローインタビューがはじまるころになってもまだ、かなりのアシストたちはゴールにたどり着いていない。中には、時間切れやケガにより、ゴールにたどり着けないアシストもいる。しかし、人々の関心は表彰式に集中して、アシストたちは顧みられない。
翌日になって出走リストから名前が消えている選手がいたら、彼は結局ゴールできなかったということだ(DNF:Did Not Finish)。あるいはゴールできても、翌日のレースを走る力が残っていなかったのかもしれない(DNS:Do Not Start)。もっとも、そこまで気に掛けるファンは多くないだろう。
アシストの栄光
サイクルロードレースは試合(レース)の数が多く、年間100近いレースをこなすこともある。一対一で競う競技ならば、たとえ勝率が1割しかなくても、10回は勝てる計算になる。
しかしサイクルロードレースには200人前後の選手が参加し、勝者はひとりだけだ。たった一度の勝利も経験せずに引退するアシスト選手も珍しくない。そして選手のほとんどはアシストである。勝利がこれほど貴重な競技はあまりないだろう。
だから、ほとんどのアシスト選手にとっては、エースの勝利が自分にとっての栄光である。表彰式を終えた選手たちがシャワーを浴びはじめたころ、ほとんどビリに近い順位の選手が、ガッツポーズでゴールに入ってくることがある。彼はどこかでエースの勝利を知らされたのだ。
たとえ最下位でも、自分が助けたエースが勝利すれば、その日のレースは成功である。アシストの栄光はエースの勝利である。
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