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December 21 2017 By 斎藤寿子(さいとう ひさこ)

「スポーツ科学」とタッグを組む新プロジェクトがスタート ~車いすバスケ男子日本代表~

2020年東京パラリンピックで史上初のメダル獲得を目指す車いすバスケットボール男子日本代表が、強力な助っ人を得て新しい試みをスタートさせた。11月28~30日、清水Jステップ(静岡県清水市)で行われたトレーニングキャンプには、東京大学、東京工業大学、大阪大学、奈良女子大学の各専門チームが集結。各選手のパフォーマンス向上に必要な「科学的根拠」を見出すべくさまざまなトライが行われた。

海外勢に対抗するために必須の「加速速度」測定

車いすバスケにおいて、初めての試みとなった今回のプロジェクトについて、及川晋平(おいかわ・しんぺい)ヘッドコーチ(HC)はこう語る。

「体のサイズや高さにおいて海外のチームとは大きな差がある中で、そのギャップをどう埋めていくかとなった時に、やはりスピードや技術で上回ることが必要となってきます。そして、それらを習得するためのフィジカル強化が重要です。そうした中で、以前からきちんとした科学的根拠を持って、それぞれの選手の障がいや能力に適した有効な強化を図りたいという思いがありました。今回、4つの大学の協力を得られたことに感謝していますし、大きな期待を寄せています」

9位という成績に終わった2016年リオデジャネイロパラリンピック後、続投が決定した時から動き始めていたという及川HC。各分野のエキスパートたちの協力を得て、日本代表が新たな一歩を踏み出した。

及川晋平ヘッドコーチ

「科学的根拠」を持ったトレーニング方法を見出すことで、2020年東京パラリンピックに向けて、より確かな強化を図ろうとしている及川晋平HC

例えば、車いすバスケでは、常に激しい「ストップ&ゴー」の動きが求められる。そのため、静止した状態、あるいは緩い速度の状態から、いかに素早くトップスピードにもっていくことができるかが重要だ。そこで、各選手がどれだけの時間でピーク速度にできる「加速力」を有しているかを測ることで、各選手の能力に適したトレーニング方法の開発や、実際のコート上でのプレーに対するアプローチへとつなげることができる。

有馬正人(ありま・まさと)フィジカルコーチは、こう説明する。

「相手よりも加速スピードが上回り、素早く動き出すことによって、相手が加速する前に動きを止めたり、スピードを殺すことができる。そこから、自分たちのプレーにつなげることができれば、プレーで相手との差を開くことができる。ですから、加速力を高めることというのは、非常に重要です」

オフェンスからディフェンスへ、ディフェンスからオフェンスへの素早い切り替えや、動きの流れの中で行われるクロスピックなど、現在日本代表が目指す「トランジションバスケ」には、絶対に欠かすことができない力だ。この「加速力」のデータを定期的に取ることで、トレーニングの効果なども分析できることが見込まれている。

計測を傍らで見ていた及川HCは、早速データの活用方法を見いだしていた。

「このデータによって、本来持っている力がわかれば、その力を実際のコート上で出せているかいないかが判明しますよね。もし力を有しているはずなのに、それがプレーで出せていないのだとすれば、その理由がフィジカルなのか、フォームなのか、それとも車いす自体が合っていないのか、と探し出すことができる。これまで単純に目で見て、加速スピードが速い、遅いというのを判断していたところを、きちんとした根拠を持って指導することができるようになるはずです」

日本から発信したい「褥瘡ゼロ」

一方、東京大学チームが行っていたのは、脊髄損傷者が注意しなければならない「褥瘡(じょくそう)」についての取り組みだ。褥瘡とは、長時間同じ姿勢でいることにより、体重の負荷がかる体の部位の血流が悪くなり、皮膚に傷などができる「床ずれ」のこと。悪化した場合は、皮膚の表面だけにとどまらず、皮膚の中の骨に近い組織が傷つくこともある。

脊髄損傷者は、その程度は異なるが、下半身麻痺などによって感覚がないために痛みを感じることができず、褥瘡に気付かないことが少なくない。そのため、予防やケアが必須。加えて長時間使用するベッドや車いすの性能も重要となる。

車いすバスケのような車いす競技者にとって、自身のパフォーマンスを最大限に引き出すためには、当然、体のコンディショニングが重要で、日常用・競技用の双方の車いすは、一人一人に適したオーダーメイドとなっている。しかし、褥瘡ができやすい臀部(でんぶ)が触れる座面のクッションについての専門的解析は、ほとんど行われてこなかった。そこで、今回は各選手に本当に適したクッションの開発に着手。臀部の形状を石膏で型取りをすることで形状を分析。さらには圧力分布のデータから臀部のどの部位にどれだけ負荷がかかっているのか、各選手が抱える問題点は何かを明らかにすることで、新しいクッションに求められる機能や構造の考案につなげる。

各選手の臀部の形状を石膏で型取りし、それぞれに適した形状のクッションを作る。新しい材質も検討する予定だ

各選手の臀部の形状を石膏で型取りし、それぞれに適した形状のクッションを作る。新しい材質も検討する予定だ

チームのリーダーを務める真田弘美(さなだ・ひろみ)氏(東京大学大学院医学系研究科グローバルナーシングリサーチセンター・センター長、老年看護学/創傷看護学分野教授)は、30年間褥瘡について研究しているエキスパート。これまで病院患者を対象としてきた真田氏が、なぜ車いすバスケ日本代表チームのサポート役を買って出たのか。そこには、日本の将来につながる大きな意義があった。

真田氏によれば、福祉機器の性能が高まってきた最近では、ベッドで寝たきりの患者の褥瘡は減少傾向にある。その一方で、未だに多いのが車いすユーザーの褥瘡で、質の良い海外の車いすやクッションを見ていると、日本はさらなる開発が必要だと感じていたという。

「海外の展示会に行くと、『介護』が目的である日本とは違い、ヨーロッパなどでは『自立』を第一の目的とした車いすやクッションになっているんです。そうした中で、日本の高齢者も、これからは『自立』を目指していく必要があるのではないかと感じていました。そうした社会にするために、まず取り組まなければいけないのは、国民の意識を変えることだと思ったんです」

そこで、真田氏が着目したのが、自国開催を控え、注目度が高まってきている「パラリンピック」だった。

「国民の意識を変えるには、車いすというものが、メガネと同じように、自然に受け入れられるものにならなければいけないと思ったんです。そこで、ふと頭に浮かんだのがパラリンピックでした。今、2020年を目指して注目度が高まってきていますよね。そうした中で、選手が注目されることで、車いすに対しても意識が変わっていくのではないかと思ったんです」

そして、もう一つ、真田氏にはグローバルな目標がある。

「東京パラリンピックを契機に、脊髄損傷者の褥瘡という概念が払拭(ふっしょく)できることを世界に発信していけたらと思っているんです。選手に褥瘡ができるのは、競技中だけではありません。例えば、移動の時。海外から長時間かけて飛行機で移動する場合は、やはり褥瘡の危険性が高まります。そうした中で、海外から来られる脊椎損傷者の選手や観客が、誰一人褥瘡で悩まされずに来日してもらうものを日本から発信できれば、と思っているんです。『褥瘡ゼロ』というキャンペーンができれば、パラリンピックを自国開催する意義もさらに高まるのではないかと考えています」

東大チームが目指す臀部の「アクティブリカバリー」

そうした強い思いを持って、今回のプロジェクトに参加した東京大学チームがまず開発しようとしているのは、意外にも競技用ではなく、日常用車いすの方のクッションだった。真田氏によれば、実は大事なのは競技用よりも、競技後の休憩中に使用する日常用なのだという。

「激しい運動を行う競技中は、どうしても皮膚は痛むんです。ですから、休憩中にいかに皮膚を回復させるかが重要です。そして、さらに私たちが目指しているのは、その車いすやクッションに座ることによって、単に皮膚を安静に保って自発的な回復を待つだけではなく、例えば外的刺激などによって血流を増進させるなどの積極的なダメージ回復、つまり『アクティブリカバリー』のための機能を備えた製品の開発です」

その製品を注目度の高いパラリンピック選手たちが使用することによって効能が証明されれば、一般の脊髄損傷者にも広がっていくはずだ。「アクティブリカバリー」を目指した開発が、国民や車いすユーザーの意識を変え、ひいては高齢者の自立へとつながる。これが、真田氏が考える青写真だ。

東京大学チーム

どこの部位に負荷がかかっているかを測定し、「アクティブリカバリー」を実現するクッションの開発を目指す

この褥瘡への取り組みについて、及川HCも強い関心を持つ。

「我々の生命線でもあるフィジカル強化において、今後はさらにトレーニングの強度が増してくる。そうすると、褥瘡もできやすくなると思います。そのリスクをいかに軽減させるかという取り組みは、2020年東京パラリンピックで選手たちが万全の状態で、最高のパフォーマンスが出せるようにするかにおいて、欠かすことはできません」

そのほか、大阪大学チームによる「動作分析」では、あらゆる角度からプレーを撮影し、選手たちの車いすに付けられたセンサーによって、移動距離や時間、プレー中の体の傾きなど、細かい動作が三次元で見ることができる。これによって、ビデオだけではわからなかったプレーのあらゆる動きについて分析することが可能となる。

また、奈良女子大学が行ったのは、フリースロー時の姿勢や腕の動き、あるいは視線などの分析だ。使うことのできる部位がそれぞれ異なる選手に対して、どのような姿勢で、どこを見て、どこからボールを放ち、シュートを打つのがいいのか。選手ごとに細かく解析し、最適なシュートフォームを確立させることが狙いだ。

車いすバスケットボール フリースロー

世界に勝つためにフリースローの高い成功率は不可欠。各選手に適したシュートフォームの確立が勝敗のカギを握る

第一回目の今回は、試行錯誤の要素が多く、具体的にデータをどう分析し、どのように活用するかは、これからとなる。しかし、まずはプロジェクトがスタートしたことが、何よりも大きな意味を持つ。

及川HCは、こう語る。

「パラリンピック競技は、まだ未開発の部分が多い中で、『わからない』で終わっていたケースは少なくなかったと思います。それを、科学できちんと解明していこうというのが狙い。優秀な方たちの手をお借りし、スポーツ科学とタッグを組んでいけるというのは、非常に心強いと思っています」

2020年東京パラリンピックでメダル獲得を目指す車いすバスケ男子日本代表。世界に誇る日本の先進技術という新たな「力」が加わり、世界最高峰の舞台へ、さらに力強く進み始めている――。

車いすバスケ男子日本代表をサポートするエキスパートたち

各分野のエキスパートたちが集結。車いすバスケ男子日本代表に新たな「力」が加わった

(文・写真/斎藤寿子)

斎藤寿子(さいとう ひさこ)

斎藤寿子(さいとう ひさこ)

新潟県出身。大学卒業後、業界紙、編集プロダクションを経て、2006年からスポーツ専門Webサイトで記事を執筆。主に野球、バレーボール、テニスを担当。2011年から取材を始めた障がい者スポーツでは、パラ競技を中心に、国内大会をはじめ、2012年ロンドンパラリンピック、2014年仁川アジアパラ競技大会、2016年リオデジャネイロパラリンピックなどを取材。2015年からフリーライターとして活動している。

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