TOPへ
November 04 2015 By 向 風見也

オールブラックスの華、ソニー・ビル=ウィリアムズ。「少年にメダル」物語の背景

4年に1度おこなわれるワールドカップのイングランド大会が終わると、決勝戦後のひとこまが話題になった。

2015年10月31日、ロンドンはトゥイッケナムスタジアム。オールブラックスことニュージーランド代表が2大会連続3回目の優勝に喜ぶなか、チャーリー・ラインズ少年が興奮してスタンドから飛び出す。夜空とカクテル光線に包まれた芝の上、警備員のタックルを食らう。

そこへ歩み寄ったのが、勝利チームの1人、ソニー・ビル=ウィリアムズだった。自分の胸元くらいの背丈の少年を起こし、ともに観客席まで歩を進める。別れ際、表彰式でもらっていた優勝メダルを彼の首に下げた。

狂喜乱舞する男児の周りには、カメラマンが集まる。かたやウィリアムズは、インタビュアーでごった返すミックスゾーンにいた。美談を茶目っ気でくるむのだった。

「彼は7、8歳くらいだったと思う。気の毒に思ったよ。この夜が忘れられないものになれば良いね。私の誇りは勝利にあるのであって、メダルにあるのではない。…でも、後で聞いたら、あれ、純金だったみたいだね」

翌日にあったワールドラグビーの年間表彰式で、ウィリアムズが新しいメダルを受け取る。そうしてひとつのハートウォーミングショートストーリーは、一応の結末を迎えた。

端正な顔立ちをした30歳のヒーローは、「SBW」と呼ばれる。身長191センチ、体重108キロの筋骨隆々の身体つきで、右の上腕とすねにはタトゥーを施す。球を持てばタックラーを1人、2人とかき集め、周りのスペースへ片手で「オフロードパス」を放つ。文句なしのフォトジェニックで、華のあるスキルの名手だった。

オーストラリア代表を34-17で制したファイナルでも魅せた。後半開始から登場するや、頭上から投げ下ろす「オフロードパス」でマア・ノヌのトライを演出。インゴールまで駆け抜けたノヌに、「ソニーがいいパスをくれた。私は守備のギャップを観て、ボールを掴んで、走るだけだった」と言わしめた。

さらに2012年2月には何と、ボクサーとして母国のプロボクシング協会ヘビー級王座を獲得した。15人制のユニオンラグビーに比べて条件が良いとされる、13人制リーグラグビーにも時間を割いてきた。ユニオンのオールブラックスへ戻ったのは、自身2回目となる今度のワールドカップの開催年になってからである。風貌、プレースタイル、行動履歴などから、「SBW」は「奔放」と思われがちではあった。

 

「自分の周りにいるチームメートや家族が幸せであればそれでいい、と。皆の幸せは試合に勝つこと。いいパフォーマンスをして勝利に貢献するために、体力向上の狙いでボクシングを始めたのです。確かにいろいろと言われてきましたが、ネガティブな声には耳を貸さず、目を通さず、自分の道を信じてきました」

本人がこう語ったのは、ボクシングで結果を出した年の8月、日本の群馬県太田市でのことだ。ウィリアムズは当時、日本最高峰トップリーグのパナソニックに電撃加入。世界中のメディアにメッセージを発信していた。

「チームの戦術を覚える。激しく練習して身体を追い込む。そうした準備をすれば、試合では自然とその状況に応じたプレーができる。私は17歳からプロの世界にいる。高いレベルで戦っていくうえでは食事、身体のケアも大事だと身をもって覚えてきました」

サモアにルーツを持つ。来日の理由は「わずか1時間くらいの話し合いのためにはるばるニュージーランドまで来てくれた。私を必要としてくれるチームに心が動かされました。それと、日本の人を敬う文化が私たちポリネシアンのそれに似ていることにも心を動かされました」と話していた。

その「1時間くらいの話し合い」に出向いたパナソニックの関係者は、スターの実像をこう見たという。

「周囲からの噂と、実際に会った時の印象のギャップが面白かったですね。物静かです。私が行ったのはちょうど試合の数日前だったんですが、炭水化物を中心とした質素な食事をとっていて、リビングに彼の少年時代の家族写真があった。…これは、表現には気を付けて欲しいんですが、雰囲気としては決して豊かな環境ではなさそうだったんですね。話を聞いたら、『俺は、この時の気持ちを忘れたくないんだ』と」

プロアスリートだ。母国と比べレベルの劣る日本に移り住んだのは、経済や翌年以降に向けた体調管理の観点とも無縁ではなかろう。それでも、「チームメートや家族が幸せであればそれでいい」の倫理観に偽りはなさそうだ。この年、ウィリアムズとのコンビネーションと相まってリーグ戦のシーズン最多トライ記録を「20」に更新した山田章仁は、こう証言したものだ。

「ソニー君はシーズン終盤こそ怪我でプレーしていないですけど、リハビリやトレーニングを真剣にしていた。その姿を見せてくれたという意味でも、チームへの影響力はあったと思います」

断片的な情報で実相を見極めてはならない。実相を知るだけの情報が得られないなら、ただただプレーだけを精査せよ。そんなスポーツの理想的な観方を再確認させる「SBW」という偶像が、あの夜、少年にメダルを贈った。

世界中に配信された物語には、そうした注釈がついて回るのだ。

NZが史上初の2連覇 カップ掲げ喜ぶNZ選手  ラグビーW杯決勝で、オーストラリアを破り史上初の大会2連覇を達成、カップを掲げ喜ぶニュージーランドの選手たち=10月31日、ロンドン郊外のトゥイッケナム競技場(共同) 中央で両腕で差し指を突き出すポーズをとるのがソニー・ビル=ウィリアムズ

NZが史上初の2連覇 カップ掲げ喜ぶNZ選手  ラグビーW杯決勝で、オーストラリアを破り史上初の大会2連覇を達成、カップを掲げ喜ぶニュージーランドの選手たち=10月31日、ロンドン郊外のトゥイッケナム競技場(共同) ※両腕で人差し指を突き出すポーズをとるのがソニー・ビル=ウィリアムズ

向 風見也

向 風見也 Facebook Twitter Blog

1982年富山県生まれ。2006年に独立し、ラグビーライターとして「ラグビーマガジン」「ラグビーリパリパブリック」「スポーツナビ」などの雑誌やwebサイトで寄稿。書籍の執筆や構成、イベントの企画・司会も行う。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)。共著複数。

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

Twitterをフォローしよう!

前の記事へ
一覧に戻る
次の記事へ
前の記事へ
一覧に戻る
次の記事へ