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November 11 2015 By 向 風見也

田中史朗の「全力」に無駄なものはひとつもない件について。

ラグビー日本代表がワールドカップのイングランド大会で史上初となる予選プール3勝を挙げ、注目度は激変した。メディアから引っ張りだことなった童顔の中心選手は、視線を落とし、こう、こぼした。

「寂しさもありますね」

それまでこの人は、競技人気の拡大のために身を粉にしてきた。2019年に日本でワールドカップがあるのに、認知されぬまま時間ばかりが流れているように思っていたからだ。このスポーツに生かされてきた1人として、それは看過できなかった。

初出場だった2011年のニュージーランド大会を未勝利で終えてからは、その情熱に拍車をかけた。「ファンの方に申し訳ないことをした」。贖罪の気持ちからだ。国内で試合をするたび、対戦相手の大物外国人選手からサインをもらい集めた。近所の子どもに配って、興味を持たせるためだった。

2012年からニュージーランドへ渡った背景には、世界挑戦という付加価値で注目度を高める狙いもあった。間もなく南半球最高峰スーパーラグビーの日本人選手第1号となったその人、田中史朗は、無理な取材の注文だってなるべく受け入れてきた。

文字通り「全力」を尽くしてきただけに、「寂しくもある」のだろう。今秋のブームは地道な普及活動の成果というより、日本代表が結果を出したことによる突発的な事象かもしれなかった。

もちろんその快挙とて、確実に田中たちの成果ではある。本人も「昔だったら歩いていても全然何もなかったけど、いまはありがとうと言われる」と自己肯定感を保ってはいる。「子どもたちからメールが来たりするのは、小さなことをやってきた結果」。周りに感謝もしている。

ただ実感を問われれば、こんな思いも明かすのである。

「ありがたいことですし、うれしくもあるんですけど…。それまでの4年間、いろいろとやってきたのは何だったんだろう、とも」

正直な人だ。166センチの自分が190センチ超の男へタックルするのは「怖い」と明かしたり、「でも、チームが負ける方が怖い」と言い直したり。パイオニアの視点から日本ラグビー界の構造的な不備を指摘したり、そうした気質がもたらした失敗をオブラートに包まず明かしたり。

負けん気と責任感と海外経験に基づき、選手へぶつかることもあった。

現地時間の2015年8月1日、カナダはバンクーバー。パシフィック・ネーションズカップのトンガ代表戦前日の練習では、自分のコンタクトした相手が容易に後退したと感じたために円陣で檄を飛ばした。

「ただ純粋にやる気があったのかな、と。日本代表を軽く受け止めている選手がいたとも感じました」

こうした出来事は大会期間中もよくあったようで、30歳のスクラムハーフはしばし周りになだめられた。田中自身は、大会を終えるや「孤独でした」と言い残した。心なしか、報道陣の問いかけには視線を合わせないようになっていた。

しかし…。スーパーラグビーのシーズン中に自身の真っすぐな提言が記事になった際、短文投稿サイトのツイッターで当該リンク付きの「つぶやき」を「リツイート」する代表選手は複数いた。ちなみに中身にはこう書かれていた。

「日本はまだまだ甘い国。自分自身のプレーからも、周りの選手を見ていても思います」

「選手は命を懸けろ、なんて、古臭くて言えない。でも、それくらいの気持ちでやらないと。けがをしたら終わりですし。その気持ちがある選手が何人いるのかと言われれば…。それでも多分、プロになったら全力を出す選手もいると思うんです」

他人の掲出したものを自身のページで共有する「リツイート」は、決して「同意」とは限らない。それでも田中の混じり気のない主張には、共鳴する人が多いのも事実だった。ある代表選手は、あの辛口についても「言っていることは間違っていない。それに、フミさんが好きであんなふうにしているわけではないことはみんな知っていた」と話していた。リーチ マイケル主将に至っては「僕にプレッシャーをかけてくれる。ありがたい」と謝辞を述べてもいた。

そう。田中のしたことに「無駄」はないし、田中は本当の意味での「孤独」な人ではない。

11月13日、東京の秩父宮ラグビー場。パナソニックの一員として、日本最高峰トップリーグの開幕を迎える。サントリーとの初戦を皮切りに、3連覇を目指す。

「先を見てしまうと足元をすくわれる。1試合、1試合、全力を出したいです」

絶望に似た感情も、「全力」のプレーで吹き飛ばす。「全力」でおこなったことは「無駄」にはならないし、「全力」で生きる人が「孤独」になることは少ない。

農家志望からスターへ 日本代表のSH田中選手  ラグビーW杯1次リーグの南アフリカ戦に出場した、日本代表のSH田中史朗選手=ブライトン(共同)

農家志望からスターへ 日本代表のSH田中選手  ラグビーW杯1次リーグの南アフリカ戦に出場した、日本代表のSH田中史朗選手=ブライトン(共同)

向 風見也

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1982年富山県生まれ。2006年に独立し、ラグビーライターとして「ラグビーマガジン」「ラグビーリパリパブリック」「スポーツナビ」などの雑誌やwebサイトで寄稿。書籍の執筆や構成、イベントの企画・司会も行う。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)。共著複数。

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