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March 26 2015 By 斎藤寿子(さいとう ひさこ)

進化し続ける金メダリスト~アルペンスキー男子座位・狩野亮~

「結果を残すことができなかった世界選手権を引きずるような滑りをしてしまいました」狩野亮がそう反省の弁を口にしたのは、2015ジャパンパラアルペンスキー競技大会初日(3月21日)の大回転でのことだ。

 

狩野は1本目を失敗し、2本目に進むことができなかったのだ。2014年ソチパラリンピックで2冠(滑降、スーパー大回転)を達成し、今シーズンもW杯では種目別(滑降)で年間総合ランキング1位を獲得した狩野だったが、実はジャパンパラの直前にカナダで行われていた世界選手権では想像以上に堅いアイスバーンのコンディションに苦戦し、一度も表彰台に上がることができなかった。ジャパンパラの初日の結果は、まさにそれを引きずっているかのように感じられた。しかし、それで終わる狩野ではなかった。

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電光掲示板のタイムに目を走らせる狩野亮選手(2015ジャパンパラ)

翌日の2日目は回転が行われた。すると、男子座位では見応えのある熾烈なレースが繰り広げられた。この種目のスペシャリストである鈴木猛史はゴール直前でコースアウトし途中棄権に終わり、1本目でトップに立ったのはベテランの森井大輝。そして、狩野は2位につけたが、森井に1秒35差をつけられていた。

そして2本目。徐々に気温が上がり、太陽に照り付けられたコースは、時間の経過とともにコンディションが悪化した。そのため、1本目よりも5秒前後、なかには10秒近くタイムを落とす選手が続出した。そんな中、狩野は1本目とわずか1.6秒差の47秒05。それは彼の持ち味である攻めの滑りを遺憾なく発揮したからこそのものであり、森井を1秒26上回る好タイムだった。

結局、2本合計でのタイムで軍配が上がったのは森井の方だった。しかし、その差はわずか0.09秒。狩野の2本目が光ったレースとなった。さらに続く3日目のスーパーコンビでは、狩野は得意の高速系種目であるスーパー大回転でまたも森井にトップの座を譲ったものの、回転で森井を逆転。今大会初優勝を果たした。

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今大会初優勝の滑りを見せた、狩野亮選手(2015ジャパンパラ)

技術系の回転は、滑降やスーパー大回転のような高速系に強い狩野にとって、これまで決して得意とはいえない種目だった。しかし、今大会ではその回転でも十分に戦えることを示したのではないか。

「スラローム(回転)でも世界トップレベルの先輩(森井)にくらいついていけるようになった、というところは見せられたかなと思います」

とはいえ、決して満足しているわけではない。

「今大会の回転は緩斜面が長くて、どちらかというと楽なコースでした。これがもっと厳しい急斜面となると、今の滑りではやっぱりタイムが離されると思うんです。自分が望む動きとスキー板とが一致するようなセッティングや、ライン取りの修正など、課題はたくさんあります」

狩野は最終日のスーパー大回転でも優勝した。しかも2位の森井に2秒29と大差をつけての圧倒的な勝利だった。得意の高速系の種目でもしっかりと結果を残した狩野。技術系、高速系ともに進化の跡を見せ、今シーズンを締めくくった。来シーズンは、また新たな狩野亮の姿が見られそうだ。

一方、シーズンを終えた今、金メダリストとしての成長もうかがうことができる。ちょうど4年前、狩野はトンネルから抜け出すことができずにいた。2010年のバンクーバーパラリンピック、スーパー大回転で金メダルを獲得した狩野だったが、翌シーズンはなかなか自分の思うような滑りができずに苦しんだ。用具を替えたことも要因のひとつとしてあったが、精神的に何か落ち着かない自分を感じていたという。

「バンクーバーの時は、実力でというよりも、がむしゃらに滑った結果『取れてしまった』金メダルでした。だから、『実力ではないのだから』と自分に言い聞かせていたんです。でも帰国後、思った以上の反響の大きさに、いつのまにかそれが達成感や満足感に変わってしまった。トレーニングもきちんとこなしていましたし、やっていることは変わっていないのに、どうしてもパラリンピック前のようながむしゃらな気持ちが湧いてこなかったんです」

結局、トンネルから抜け出すのに、2年もの月日を費やすこととなった。

しかし、ソチパラリンピックで滑降、スーパー大回転と2冠を達成した狩野に、4年前のような浮ついた気持ちが起こることはなかった。それどころか、ソチパラリンピックの全日程終了後、すぐに選手村でウエイトトレーニングをしている。帰国前に次の平昌パラリンピックに向けてのスタートを切っていたのだ。

「スーパーコンビで転倒したのが本当に悔しかったんです。それでもう金メダルを取った喜びは消えてしまいました。ソチの期間中に、僕の心はもう平昌に向けて動き出していたんです。だからバンクーバーの時とは違って、金メダルのことは帰国前にきちんと自分の中で整理がついていたように思います」

アスリートにとって、悔しさに勝る起爆剤はないだろう。これがある限り、狩野亮は挑戦者であり続けることができる。そして、だからこそ強くなれるのだ。

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平昌パラリンピックを見据える、狩野亮選手(2015ジャパンパラ)

【取材・文/斎藤寿子、写真/伊澤佑美(Digital Board)】

斎藤寿子(さいとう ひさこ)

斎藤寿子(さいとう ひさこ)

新潟県出身。大学卒業後、業界紙、編集プロダクションを経て、2006年からスポーツ専門Webサイトで記事を執筆。主に野球、バレーボール、テニスを担当。2011年から取材を始めた障がい者スポーツでは、パラ競技を中心に、国内大会をはじめ、2012年ロンドンパラリンピック、2014年仁川アジアパラ競技大会、2016年リオデジャネイロパラリンピックなどを取材。2015年からフリーライターとして活動している。

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