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November 13 2015 By 斎藤寿子(さいとう ひさこ)

リオ行きの切符をかけた42.195キロの戦い ~大分国際車いすマラソン~

リオ行きの切符をかけた42.195キロの戦い ~大分国際車いすマラソン~

11月8日、「第35回大分国際車いすマラソン」が行われた。今大会はリオデジャネイロパラリンピックの出場権がかかったレースとあって例年以上の混戦模様となり、白熱した展開となった。リオへの切符はわずか1枚。「日本人選手トップ」「総合3位以内」「1時間27分以内」という3つの条件をクリアし、見事リオ行きを決めたのは山本浩之(やまもと・ひろゆき)。今大会で6連覇を果たした世界トップランナーのマルセル・フグ(スイス)に続く2位でゴールした。今大会、終盤35キロ過ぎまで5人の先頭集団が形成されていた熱戦の中、勝負の分かれ目となったのは何だったのか。そこには、ランナーそれぞれのストーリーがあった。

 日本記録を上回るハイペースの序盤

レース前夜から降り始めた雨は、予報通り、悪天候の中でのレースを選手に覚悟させるには十分だった。ところが当日の朝になると、すっかり雨はやみ、代わりに雲の隙間からは夏を思わせるほどの熱い日差しが差し込んでいた。

午前11時、気温26度、南南東の風が4メートルほど吹く中、レースがスタートした。例年では序盤でフグが飛び出し、独走態勢を築くことも珍しくない。昨年も3キロ地点でフグが仕掛け、そこから一人旅となった。今大会、山本はそのフグの飛び出しについていき、「二人旅」を狙っていたという。そうすれば、「日本人トップ」をクリアできるからだ。

しかし、そうはいかなかった。リオを決めるためには「1時間27分」というタイムをクリアしなければならないという計算が他の日本人選手の頭にもあったのだろう。レースは日本記録(1時間20分52秒)を上回るハイペースとなり、8人の日本人選手を含む11人の大集団が形成された。

なかでも、序盤から積極的に先頭に立ち、集団を引っ張ったのが初のパラリンピック出場を狙う西田宗城(にしだ・ひろき)だった。前日、西田は自信をあらわにしていた。

「僕には失うものは何もないので、序盤からガンガン攻めていきたいと思っています。きっと、面白いレースを見せられると思いますよ」

まさに有言実行の走りだった。5キロ地点は西田が先頭を切って通過した。

「第35回大分国際車いすマラソン」を走る西田宗城

攻めの走りで、序盤から集団の先頭を行く西田宗城。

その後、先頭集団のペースは速まり続け、時速30キロのスピードで沿道の人々の前を駆け抜けていった。すると、そのスピードについていけない選手が1人、また1人と集団からこぼれていった。およそ中間の20キロ地点でリオ行きは、“国内トップ3”の座を守り続けてきたベテラン勢の山本、副島正純(そえじま・まさずみ)、洞ノ上浩太(ほきのうえ・こうた)、そして若手の西田の4人に絞られた。そして、彼らにフグを加えた5人での優勝争いとなった。

若手・西田がトライしたアタックの訳

レース後半に入った25キロあたりで、西田が再びスピードを上げてアタックを掛けた。しかし、2度の試みも失敗に終わり、後続を引き離すことができなかった。間もなく、上りで始まり、下りで終わる大野川大橋に入った。ここでレースが動いた。最後の下りを利用して、スピードアップした4人に西田がついていけず、一人取り残されたのだ。

実は大野川大橋での上り下りは、このレースでは勝敗を分けるポイントとなることが少なくない。そのため、ベテラン選手はそこでの仕掛けに対応することを重視し、それまでは無理をしようとはしなかったに違いない。もちろん西田もそれはわかっていた。だが、自分が勝つためにはその前に仕掛ける必要があると考えていた。

「大野川での上り下りがポイントになることは予想していました。でも、アップダウンでは、僕は少し力が落ちる。だったら、後ろについて淡々と走るよりも、自分が得意としている平坦なところで仕掛けて、自分が先頭で大野川に入りたいと思っていたんです」

西田にとっては、悔いのない戦略だった。

とはいえ、先頭の4人との距離は徐々に広がっていき、誰もが西田は大野川大橋の前のアタックによって力尽きたと思っていた。だが、西田自身に焦りはなかったという。「絶対に追いつく」という自信があった。そして、実際その通りになった。大野川大橋を下り終わると、今度は細かいカーブがいくつも続く路地、通称「テクニカルコース」に入る。そこで先頭集団のスピードが落ち、西田はコース後半で集団に追いついたのだ。

洞ノ上を突如襲ったマシントラブル

そして、テクニカルコースを終えてメイン通りに戻ると、ゴールまで残り約5キロ。その間に3つの橋があり、いずれも大野川大橋同様に、アップダウンが待ち受けている。そのいずれかが勝負の分かれ目となることが予想された。

すると、1つ目の三海橋でフグがアタックし、集団から抜け出た。それに食らいついていったのが山本だった。フグからはやや離されるも、日本人トップの座に立つことには成功した。一方、フラットよりもアップダウンを得意とし、ここからが実力発揮かと思われた洞ノ上は、逆にスピードダウンし、西田と副島にも抜かれた。実はこの時、洞ノ上にはアクシデントが起こっていた。マシントラブルだった。

レーサー(競技用車いす)では、コーナーに入る時には、トラックレバーを左から叩いて前輪を左に曲げ、ストレートに戻った時にはトラックレバーを右から叩いて前輪を真っすぐにするという操作を行う。ところが、テクニカルコースを終えてメイン通りに戻ると、洞ノ上のレーサーはトラックレバーを右から叩いても、一瞬のうちに再び前輪は左に傾いてしまうという状態となっていた。

洞ノ上は語る。

「ちょうどその時、マルセル(・フグ)が仕掛けたんです。それに山本さんがついていって、『自分も』と思ったら、マシントラブル。そこで一気に離されてしまいました。そこまでのレース展開は完璧だっただけに、悔やんでも悔やみきれません」

この洞ノ上のマシントラブルによるスピードダウンは、後方を走っていた西田にも影響を及ぼしていた。

「前を行く洞ノ上さんが、マシントラブルっぽい動きをされたんです。それで一瞬、マルセルのアタックへの反応が遅れてしまった。その後、副島さんと2人でマルセルとヒロさん(山本)を追いかける展開になったんですけど、ダメでしたね」

一瞬の遅れが、命取りとなったのだ。こうして、この三海橋での出来事が、勝負の決め手となった。

「第35回大分国際車いすマラソン」を走る洞ノ上浩太

レース終盤でマシントラブルに見舞われた洞ノ上浩太。

山本、シカゴでの教訓が生かされた勝利

山本はフグに80メートルほどの差をつけられたものの、「視界に入るくらいのところに彼がいてくれたので、追いかける目標があったのが良かった」と、最後まで日本人トップの座を譲ることなく走り切った。しかし、実はレース中、暑さで頭がぼーっとしていたという。それでも勝負に勝ったのは、1カ月前の教訓があったからだった。

「(10月11日の)シカゴマラソンでもスタートから16人という大集団だったんです。中盤になっても集団がばらけなかったので、最後の上りまでこのままで行くのかなと思って、ちょっと気を抜いた時に、他の選手に巻き込まれてクラッシュ。それでリタイアしてしまいました。だから、今回はそういうことにならないように、ずっと自分に『集中力、集中力』と言い聞かせていたんです」

タイムは1時間25分02秒。しっかりと3つの条件をクリアし、リオ行きの切符を手にした。

「第35回大分国際車いすマラソン」を走る山本浩之

日本人トップでゴールし、リオの出場権を獲得した総合2位の山本浩之。

リオの出場権争いは、これで終わりではない。次は来年2月28日の東京マラソン。今大会同様、「日本人トップ」「総合3位以内」「設定タイム(1時間28分30秒)以内」をクリアすることが条件となる。果たして山本に続くのは、誰なのか。今大会日本人2位(総合3位)の副島か、今年の東京で初優勝した洞ノ上か、それともトップ3に割って入ってきた成長株の西田か……。東京ではどんなレース展開が見られるのか、楽しみだ。

「第35回大分国際車いすマラソン」表彰式

右から3位の副島正純、2位の山本浩之、1位のマルセル・フグ。表彰式にて。

(文/斎藤寿子、写真/越智貴雄)

 

 

斎藤寿子(さいとう ひさこ)

斎藤寿子(さいとう ひさこ)

新潟県出身。大学卒業後、業界紙、編集プロダクションを経て、2006年からスポーツ専門Webサイトで記事を執筆。主に野球、バレーボール、テニスを担当。2011年から取材を始めた障がい者スポーツでは、パラ競技を中心に、国内大会をはじめ、2012年ロンドンパラリンピック、2014年仁川アジアパラ競技大会、2016年リオデジャネイロパラリンピックなどを取材。2015年からフリーライターとして活動している。

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