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April 05 2019 By 伊澤佑美(いざわゆみ)

世界の市民ランナーの憧れ、Six Star Finisherに挑むレジェンド

約3万9千人が参加した東京マラソン2019(東京マラソン財団提供)

約3万8千人が参加した東京マラソン2019(東京マラソン財団提供)

冷たい雨に見舞われた東京マラソン2019から1カ月。桜舞い散る季節を迎え、東京もすっかり春めいた。日本の市民マラソンの多くが秋から冬にかけて行われるため、4月ごろから夏をオフシーズンとし、秋以降に向けたトレーニングやコンディショニングに充てるランナーも多い。しかし、世界に目を向けてみると、毎月、各国各地でビッグレースが開催されている。今月も15日にボストンマラソン、28日にロンドンマラソンと、東京マラソンと同じく世界の6大マラソン、アボット・ワールドマラソンメジャーズ(AbbottWMM)大会が、続々と控えており、世界のマラソン熱は冷める気配がない。

 

今、世界の市民ランナーはSix Star Finisherを目指す

中でもAbbottWMMは盛況だ。AbbottWMMは、世界最大規模の主要6大会-東京・ボストン・ロンドン・ベルリン・シカゴ・ニューヨークシティで構成されている。6大大会の制覇者はSix Star Finisherとして称えられ、各大会での記録が入った名前入りの完走証“AbbottWMM Six Star完走証”と“Six Star Finisherメダル”が授与されるため、マラソン界のグランドスラムとして目標にする市民ランナーは毎年増え続けている。AbbottWMM 公式Facebookアカウントの3月27日付の投稿によると、2019年3月の東京マラソンまでで 4,989人のSix Star Finisherが誕生している。

Six Star完走証(東京マラソン2019公式サイトより)

Six Star完走証(東京マラソン2019公式ウェブサイトより)

 

Six Star Finisherメダル(東京マラソン2019公式サイトより)

Six Star Finisherメダル(東京マラソン2019公式ウェブサイトより)

またAbbottWMMは、2018年9月のベルリンマラソンを皮切りとするシリーズXIIから、男女40–80+の一般ランナーを対象とした年代別の世界ランキングを発足させた。ランキングはAbbottWMM公式ウェブサイトで公開されており、対象大会のたびに更新。シリーズの最終的なランキング上位選手は、年代別ワールドチャンピオンシップ「AbbottWMM Wanda Age Group World Championships」の出場資格を得ることができ、その記念すべき第一回大会は、2020年のロンドンマラソンの一部として開催されることが決まっている(※)。

※AbbottWMM Wanda Age Group World Rankingsは、シリーズXIIから開始された年代別のランキングシステム。初回となるシリーズXIIの予選期間は、2018年のベルリンマラソンから翌年のベルリンマラソンまで(2019/9/16―2019/9/29)。予選期間中の対象大会に参加したランナーは、年齢、フィニッシュタイム、性別に伴うポイントを獲得することができる。上記期間で獲得したポイントのうち、より高い2大会分のポイントがランキングに反映され、ポイントの高い順にランキングが決定。ランキングは、男女共に下記の年代別に分かれている。

40-44/45-49/50-54/55-59/60-64/65-69/70-74/75-79/80+

現在、AbbottWMMの6大会およびWandaグループが出資/管理する大会を含む世界の50以上のレースが、予選大会として名を連ねている。シリーズXIIの最終的なランキング上位選手および年代別ランキングの国別上位ランナーは、第一回AbbottWMM Wanda Age Group World Championshipsへの参加資格を得る。詳細は、AbbottWMM公式ウェブサイトで確認できる。

以上、東京マラソン2019公式ウェブサイト掲出の「2017年11月16日付リリース」および、「アボット・ワールドマラソンメジャーズに関するページ」からのまとめ。

このシリーズXIIの男性80歳以上のランキングにおいて、2019年4月5日現在、暫定1位の座にいるのが、カナダのGerald Millerさんだ(82)。Gerald Millerさんは、シカゴマラソン2018と先月の東京マラソン2019で通算ポイントを7,410とした。BORDERLESS編集部は、Gerald Millerさんの東京マラソン2019走破に密着した。

カナダのGerald Millerさん(82)。東京マラソン2019を走破し、AbbottWMMチャンピオンシリーズXIIの男性80歳以上のカテゴリーで暫定1位の座にいる(2019年4月4日現在)。

カナダのGerald Millerさん(82)。東京マラソン2019を走破し、AbbottWMMシリーズXIIの男性80歳以上の年代別ランキングで暫定1位の座にいる(2019年4月5日現在)。

 

6大大会制覇に向けて走る、レジェンドランナー

家族や友人からGerryの愛称で呼ばれるGerald Millerさん。以降、記事内でもGerryさんと呼ぼうと思う。

Gerryさんは、1937年3月8日生まれ。カナダ、アルバータ州の出身だ。戦後の農業地開拓を経て進学し、カルガリー大学 教育学の教授も務めた。マラソンを始めたのは60歳になってから。初めて参加したハーフマラソンで優勝し、以来、ボストンマラソン12回を含む35以上の大会を完走。年代別1位で表彰されたことは数知れず、レジェンド世代のランナーとして、その名をはせている。マラソンに挑戦し続ける姿を見せることで、家族や友人、地域社会に貢献したいとして、80歳台での6大大会制覇を目標に掲げ、この3月、初めて日本を訪れた。東京マラソン2019に参加するためだ。

3月3日の大会当日、スタート地点である新宿都庁でGerryさんと落ち合った。あいにく朝から冷たい雨が降っていたが、Gerryさんは初めての日本、初めての東京マラソンに興奮覚めやらぬ様子。3万8千人を超えるランナーで大混雑するスタートエリアを見て、こんなに人の多いマラソン大会は参加したことがないと口早やに話し、キョロキョロと辺りを見渡していた。

地元カナダで所属するランニングチームの仲間と2人で来日したGerryさんだが、走る時は一人。ランナーはいつだって一人で自分自身と戦うものだと話し、スタートブロックへ。同じく海外から参加しているランナーに、私は80歳を超えているんだよと話しかけ、周囲を驚かせ、互いに鼓舞し合って号砲を待った。

9時10分、フルマラソンスタート。HブロックのGerryさんは、号砲から15分49秒後にスタートを切った。

 

大迫選手すら棄権する、超過酷なレース展開

Gerryさんのこれまでのフルマラソン平均完走タイムは4時間32分。東京マラソンは2017大会からコースを変更し、フラットで走りやすいとの呼び声も高い。しかし、今回は冷たい雨が降っており、風も強かった。スタート時の気温は5.7度。おまけにGerryさんは13時間ものフライトで、時差ぼけの解消もままならぬ状態。レジェンドランナーと言えど、完走が危ぶまれる条件がそろっていた。

予想通り、レースは過酷な展開となった。日本記録保持者である大迫傑選手(27)=ナイキ=が、寒さの影響で体が動かなくなったとして29キロ地点で棄権したほか、アジア記録保持者エルハサン・エルアバシ選手(34)=バーレーン=も途中棄権。レース後、東京マラソンの早野忠昭レースディレクターが「10年やった中で一番体の芯まで冷えるくらい」と、これまでにない悪条件だったことを吐露するほど、過酷を極めた。

この状況を前に、レジェンドはレース戦略を切り替えた。記録は二の次とし、あえてペースを落として確実に前に進むことを選択。東京の街並みを楽しむランニングスタイルを取った。

15キロ地点、浅草の浅草寺に目を奪われるGerryさん(中央)。母国CANADAのロゴが入る紺のユニフォームと、ナショナルカラーである赤のランニングパンツでレースに臨んだ。

15キロ地点、浅草の浅草寺に目を奪われるGerryさん(中央)。母国CANADAのロゴが入る紺のユニフォームと、ナショナルカラーである赤のランニングパンツでレースに臨んだ。

33キロ手前の増上寺を過ぎると足の止まるランナーも増えるが、応援に気付き、笑顔で応えるGerryさん(中央)。

33キロ手前の増上寺を過ぎると足の止まるランナーも増えるが、応援に気付き、笑顔で応えるGerryさん(中央)。

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冷たい雨の中、ゴールを目指して懸命に腕を振り、足を前に出し続けた。

冷たい雨の中、フィニッシュを目指して懸命に腕を振り、足を前に出し続けた。

 

「おもてなしレース」に感動し、ついに迎えたフィニッシュ

レース後、病院に運ばれる選手もいた中、Gerryさんはネットタイム5時間09分18秒/グロスタイム5時間25分07秒でフィニッシュ(※)。レジェンドが、レジェンドたるゆえんを見せた。

手を広げ、誇らしげな表情で走破の喜びを表すGerryさん。

手を広げ、誇らしげな表情で走破の喜びを表すGerryさん。

ついに、東京マラソン2019の完走メダルを手にした。

ついに、東京マラソン2019の完走メダルを手にした。

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※ネットタイムとは、ランナーがスタートライン通過からフィニッシュライン通過までに要した時間。それに対して、スタートの号砲からフィニッシュライン通過までに要した時間をグロスタイムと呼ぶ。
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レース後、東京マラソンの運営が素晴らしかったと話したGerryさん。レース中の給水や給食の豊富さに驚き、これほどまでに心温まるおもてなしのレースはかつて経験したことがないと興奮気味に語った。また、お寺や公園、庁舎など、「テクノロジー大国」とのイメージが強かった日本の街並みの美しさや人々の親切さに感動したとも話してくれた。Six Star Finisherまであと1つ。ロンドンマラソンの完走が、次の目標だ。

 

2021年の日本再訪を誓い、走り続けるレジェンド

この日の42.195キロは、間違いなく、厳しく長い道のりだった。過酷な環境下で苦しい思いをしながらも、なぜ走りきることができたのだろう。そして、なぜ、再び走るのか―――。

「家族や友人、地域のために」。そうGerryさんは話した。

「80歳を迎え、自分が周りに伝承できるものは何かと考えたとき、ランニングし続けることだと思いました。今は、ボランティアとして、チャリティーランナーのトレーニング指導も行っています」

「私は、4人の子どもと11人の孫を持つ大家族です。私のようにトレーニングを積んでマラソンを走っている人は他にいないのですが、家族には、祖父である私がマラソンに挑戦し続ける姿を見て、何かを学びとってほしいと思います。もちろん、全員が走る必要はありません。重要なことは、スポーツを通して元気な体と心を維持することです。人は、自分が強くあれば、周りの人を助けることができます。自分や自分の家族が強くなることで、周りの友人や地域、ひいては世の中を助け、良くすることができると信じています。そのために、私は走り続けるんです」

「もちろん、走るからには、常に年代別優勝を願って大会に臨んでいます。でも、トレーニング時間が増えると、妻や家族と一緒に過ごす時間が減ってしまう面もありますよね。だから、高い目標があったとしても、自分らしく行動し、プロセスを楽しむことを忘れてはいけないと思っています。スポーツを通じて人と出会うことを、私は何よりも大事にしているんです」

「今回は、妻や家族を日本に連れて来ることはできませんでした。このあと、新幹線で大阪と広島に観光に行く予定にしています。日本のお寺、伝統的な建築、文化を体験することをとても楽しみにしているのですが、そこに家族がいないのは寂しいです。でも日本は、2021年にWorld Masters Games 2021 KANSAIが開催されますよね。World Masters Gamesは、世界中の人が参加する、私たち一般人のための国際スポーツ大会です。World Masters Games 2021 KANSAIに参加するために、ぜひ日本を再訪したいと思います。その時は、もちろん、妻を連れてね」

レジェンドランナーGerryさんの目標は、とどまることを知らない。Six Star Finisher、AbbottWMMの年代別チャンピオン、AbbottWMM Wanda Age Group World Championships出場、World Masters Games 2021 KANSAI出場―――。でも彼にとって、それらはすべて手段なのだ。家族や友人、地域、そして世界のためにできること。それらに丁寧に向き合い、自分にできることを真摯(しんし)に実行し続ける。Gerryさんが、レジェンドと呼ばれる真のゆえんは、ここにあった。ぜひまた日本の地で、レジェンドの走る姿を見たい。私たち次世代も、負けてられない。

(文:伊澤佑美 / 通訳:コディリ・サフィーナ / 撮影:横塚大志)

伊澤佑美(いざわゆみ)

伊澤佑美(いざわゆみ)

対話を通じて相手の思考を引き出し、世の中に伝わりやすく組み立て、表現する「ダイアログ・ライター」。 PRプランナーとして、企業や団体、自治体のメッセージコンサルティングやコンテンツプランニングも手がける。 共著に『デジタル時代の基礎知識 PR思考 ~人やメディアが「伝えたくなる」新しいルール』(翔泳社/2018年3月@日本、台灣東販 /2019年@台湾)、『自治体PR戦略』(時事通信社/2016年12月)。 趣味はランニング。完走後の打ち上げが楽しみな、サブ4ランナー。 グラフィックレコーディングも修行中。

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