11月13~15日の3日間にかけて、「第25回NEC全日本選抜車いすテニス選手権大会」(JWTAマスターズ)が行われた。同大会に出場できるのは、男子、女子はそれぞれ国内上位および推薦選手の計8人、クアード(四肢麻痺者のクラスで男女一緒に行われる)は国内上位および推薦選手の計4人のみ。つまり、国内トッププレーヤーのみが出場を許される名誉ある大会だ。25回目を迎えた今年、日本一の称号を手にしたのは、男子は初優勝の眞田卓(さなだ・たかし)、女子は上地結衣(かみじ・ゆい)が8連覇、クアードの川野将太(かわの・しょうた)は3連覇を達成した。
今回、3度目の出場にして初の栄冠を手にした眞田。しかし、実は決勝の朝までコートに立てるかどうかは微妙だったという。いったい、彼に何が起きていたのか――。
突然襲ったアクシデント
大会直前、北京、ロンドンと2大会連続で金メダルに輝き、現在も世界ランキング1位の国枝慎吾(くにえだ・しんご)がケガのために欠場を発表。そのため、国内では国枝に次ぐ世界ランキング8位の眞田が今大会の第1シードとなった。当然、初優勝への期待は大きく、本人もそのつもりで臨んだに違いない。
1日目の予選ラウンド、眞田は西村祐亮(にしむら・ゆうすけ)には6-0、6-2、そして鈴木康平(すずき・こうへい)には6-1、6-1と、圧巻のテニスで20代の若手2人にストレート勝ちを収め、調子の良さをうかがわせていた。そんな眞田に異変が起きたのは、その日の夜だった。突然、胃痛に見舞われ、嘔吐と下痢でまったく眠ることができなかったという。結局、翌朝4時まで症状は収まらず、なんとか嘔吐はしなくなったものの、食事をすることができずに、脱水症状のようになっていた。
そこで既に決勝トーナメント進出は確定していたため、眞田は2日目の午前に予定されていた予選最終戦を棄権。午後の準決勝に備えるという判断を下した。とはいえ、午後になっても何も食べることができない状態は続き、眞田は空腹の状態で準決勝に臨まざるを得なかった。それでも北京パラリンピックに出場経験のあるベテラン藤本佳伸(ふじもと・よしのぶ)相手に6-1、6-1のストレート勝ち。順当に決勝へとコマを進めた。
しかし、最終日も体調は万全ではなかった。「朝まで、試合に出ることができるかどうかわからなかった」という。しかし、その日のお昼にようやく食事を摂ることができ、無事に決勝のコートに立った。相手は1996年アトランタから5大会連続でパラリンピックに出場している大ベテランの齋田悟司(さいた・さとし)。JWTAマスターズでは最多となる12度の優勝を誇る。
2人とも、大会会場でもあるTTC(公益財団法人吉田記念テニス研修センター)を練習拠点としており、普段は多い時には週に3回は打ち合っている。お互いに手の内を知り尽くしており、どちらにとっても「やりにくい相手」であることは間違いなかった。そのため、序盤は両者ともにキープし続け、どちらが先にブレークするかが試合のポイントとなると予想された。
苦戦したフラット系サーブ
しかし、決勝という独特の緊張感を打ち破るかのように、第1セットの序盤で、眞田が早くも試合の主導権を握った。齋田のサーブで始まった1ゲーム目、眞田は3本連続で落とし、40-0と追い込まれるも、そこからラリー戦を制してデュースに持ち込んだ。そして最後はオープンスペースに得意のフォアハンドショットを叩き込み、いきなりブレークに成功。これがこのセットの明暗を分けることとなる。
自らのサービスゲームである2ゲーム目をキープした眞田は、2-0とリード。3ゲーム目以降は共にサービスゲームをキープし続け、お互いに一歩も譲らない展開となった。実は3ゲーム目以降、眞田がブレークすることができなかった最大の要因は、齋田のある変化にあった。それはサーブだった。
「齋田さんは、いつもはスライスサーブを打ってくるんです。でも、今日の試合ではフラット系のサーブが意外に多くて、コントロールするのに苦労しました」
TTCの室内コートのサーフェス(コート面の材質)は、ボールが滑りやすいという特質を持っている。そのため、バウンドしたボールが伸びるという特徴を持つフラット系のサーブでは、さらにボールの威力が増す。眞田はそのフラット系のサーブに苦戦し、サービスリターンをアウトにしたりするなど、なかなか思うようにコントロールすることができなかったのだ。それでも9ゲーム目はなんとかリターンを返して、ラリーに持ち込むことで奪い、第1セットを6-3で先取した。
そして第2セットに入ると、ようやく齋田のサーブに慣れ始めたのだろう。1ゲーム目をキープした後の2ゲーム目、眞田は2本のリターンエースを決め、ブレーク。これで試合の流れは一気に眞田に傾き、結局眞田は1ゲームも奪われることなく、6-0で奪い、ストレート勝ち。圧倒的な力で、初めてJWTAマスターズのタイトルを手にした。

JWTAマスターズのタイトルを初めて手にした眞田卓。
国枝不在でも「優勝は優勝」
体調が万全でない中での優勝は「さすが」のひと言に尽きた。だが、本人にとってそれは決して特別なこととは感じていない。
「海外ツアーを転戦していると、突然体調が悪くなることもあったりするんです。そういう時でも、悪いなら悪いなりの戦い方をしなければならない。今日はそういう意味では理想通りだったと思います。それに、逆に余計なプレッシャーを感じず、リラックスしてできたのかもしれませんね」
眞田の真骨頂は、世界でもトップクラスの破壊力を持つフォアハンドショットやサーブで攻めるテニス。しかし、この試合で優先したのは「リスクを下げて、ミスを少なくすること」だったという。そのため、早めに決めに行くテニスではなく、ラリーになってでも確実性を重視した展開へと持って行った。こうした柔軟さが、勝利につながったのだ。
前述したように、今大会に国枝は出場していない。国枝不在の中での優勝について聞かれた眞田は、きっぱりとこう言い切った。
「本来であれば、国枝選手が第1シードで、私は第2シードという位置であることは確かです。彼と試合をしたかったという気持ちはありますし、もし彼が出ていたらということはあると思いますが、試合というのはコンディションを含めてだと思いますので、この名誉ある大会で今回私がタイトルを取ったということについての喜びは、何も変わりません。優勝は優勝だと思っています」

決勝を制し、力強い笑顔を見せた眞田卓。
12月2~6日(現地時間)には、ロンドンで開催される世界マスターズに出場する。世界トップ8が集結し、世界チャンピオンを決める大会だ。初めて出場した昨年、眞田は予選グループで1勝するのが精いっぱいだった。しかし、今年は決勝トーナメントに進出し、世界のトップ4に名を連ねるつもりだ。
眞田卓、30歳。世界の舞台で彼のフォアハンドショットがさく裂する――。

世界マスターズでベスト4を目指す。
(文・斎藤寿子/写真・越智貴雄)