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November 27 2015 By 斎藤寿子(さいとう ひさこ)

優勝に導いた「17歳の成長」 ~日本ゴールボール選手権大会~

11月21、22の両日、青梅総合体育館で「日本ゴールボール選手権大会」が行われ、筑波大学附属視覚特別支援学校を拠点とする「チーム附属」が男女アベック優勝を飾った(男子はAチームとBチームが出場し、Aチームが優勝)。大会前、女子では日本代表のレギュラーメンバーが所属する「国リハLadiesチームむさしずく」と「九州なでしこ」が優勝候補とみられていた。その強豪を抑え、日本一に輝いた「チーム附属」。そこには代表歴のない17歳、高校3年生の奮闘があった。

安定した守備力で2強に連勝

2012年ロンドンパラリンピックで団体初の金メダルを獲得したゴールボール女子。当時のレギュラーメンバーである浦田理恵(うらた・りえ)、安達阿記子(あだち・あきこ)は現在も、浦田はキャプテンとして、安達はエースとして、代表のレギュラーに君臨している。

その浦田率いる「九州なでしこ」には、ロンドンパラリンピック当時、代表のキャプテンであり、大黒柱だった小宮正江(こみや・まさえ)が所属している。2013年に代表は引退したものの、現在も国内トップクラスの実力者であることに変わりはない。一方、安達率いる「国リハLadiesチームむさしずく」には、ロンドン以降著しい成長を見せ、代表では今や小宮不在の穴を埋めるべく、レギュラーとなりつつある若杉遥(わかすぎ・はるか)がいる。そのため、自ずとこの2チームが優勝候補として注目されていた。

しかし大会初日、その強豪2チームに連勝したのが「チーム附属」だった。初戦の「九州なでしこ」戦に4-2で勝利すると、「国リハLadiesチームむさしずく」には1-0と完封勝ちを収めたのだ。2日目に行われた予選最終戦は負けを喫したものの、予選2位通過で決勝進出を決めた。

「チーム附属」には、ロンドンパラリンピック後、日本代表の新戦力となった天摩由貴(てんま・ゆき)と安室早姫(あむろ・さき)がいる。陸上選手としてロンドンパラリンピックに出場するなど、持ち前の運動センスで今や「チーム附属」のエースである天摩が点を取り、ライトとレフトの両ウイングに指示を出す司令塔のセンター安室が守備の要だ。

この2人に加えて、大きな働きをしたのが田渕あづき(たぶち・あづき)だった。2年前にゴールボールを始めた田渕は、技術、体力、経験のいずれも発展途上。そのため、どのチームからも集中砲火を浴びることが少なくない。実際、「九州なでしこ」戦も「国リハLadiesチームむさしずく」戦も、最も相手からボールを投げ込まれたのは、田渕のポジションであるレフト側だった。しかし、彼女は「九州なでしこ」戦でこそ小宮からのボールを手先で弾き、後逸してゴールを許したものの、それ以外は全て止めてみせ、「国リハLadiesチームむさしずく」戦では、一度もゴールラインを割らせないという安定した守備力を見せた。

田淵あづき

鉄壁の守りを見せた、田渕あづき。

寺西真人(てらにし・まさと)監督も、最大の勝因に彼女の守備力を挙げている。

「昨年は予選で3試合中2試合を1点差で負けて決勝には行けなかったんです。その悔しさを胸に、みんなで練習を積んできました。なかでも一番練習したのはあづきです。昨年はボールの勢いに負けて手先、足先で弾き、後ろにそらすことも少なくなかったのですが、今ではそういう弾きが少なくなりました。相手が彼女を狙ってくるのはわかっていましたが、僕は彼女の守備を信頼していました。しっかりと練習の成果を出してくれましたね」

田渕の守備力アップが、周囲からも「附属の守備には穴がない」という声が聞こえるほどの安定感を生み出していた。

チームメイトを楽にした先制ゴール

決勝の対戦相手は、浦田、小宮と日本のゴールボール界をけん引してきたベテラン2人を擁する「九州なでしこ」。経験値の豊富さに加え、6度の優勝を誇る。翻って、「チーム附属」は20代の天摩と安室、17歳の田渕という若手揃い。チームとしては優勝はしているが、3人にとっては初の決勝の舞台だった。前日の予選では「チーム附属」が勝利しているものの、やはり「九州なでしこ」が有利とみられていた。

「九州なでしこ」は試合が始まると同時に、田渕への集中攻撃を始めた。その徹底ぶりは予想以上だった。約1分半、「九州なでしこ」は全球、田渕のいるレフトサイドにボールを投じたのだ。ゴールボールで使用されているボールは、大きさはバスケットボールと同じだが、重さはその約2倍もある。それを約10メートル先から勢いよく投げ込まれ、体で止めなければならない。体への衝撃は見た目以上に大きく、体力も消耗する。少しでも気の緩みが生じれば、ミスから失点を招くことになる。そんな中、果たして田渕は最後までミスなく、この集中砲火に耐えられるのか――。

そんなことが頭をよぎった矢先のことだった。「九州なでしこ」からのボールをしっかりと止め、すくっと立ち上がった田渕がクロスボールを放った。すると、ボールは「九州なでしこ」のレフト山口幸子(やまぐち・ゆきこ)が伸ばした手先を弾き、そのままゴールへと吸い込まれていった。前半1分36秒、「附属チーム」が貴重な先取点を挙げた瞬間だった。田渕にとっては今年初めての得点。そして、この1点が、味方の気持ちを楽にし、相手の焦りを生み出すこととなった。

田渕あづき

田渕の今年初の得点が優勝に導く先制ゴールとなった。

その後、両チームともに得点を奪えないまま、前半が終了。「チーム附属」1点リードで後半を迎えた。後半に入っても、「チーム附属」の守備は鉄壁だった。3人で声を掛け合いながら、移動攻撃やバウンドボールなどを織り交ぜた多彩な攻撃をしかける「九州なでしこ」に得点を許さない。最も攻撃を受けた田渕もミスすることなく、守り続けた。

試合時間が残り3分を切り、さすがの「九州なでしこ」も焦りを感じたのだろう。浦田と小宮の間に、普段では考えられないミスが出た。ライトの小宮がボールをもらおうと、センターの浦田の方へと近づく。ところが、コミュニケーション不足からか、小宮の動きを察知できなかった浦田は、誰もいないライト方向にパスを出してしまったのだ。ボールが転がる音を聞き、あわてて取りに戻った小宮だったが、制限時間である10秒をオーバーしてしまい、「チーム附属」にペナルティースロー(※)を与えてしまったのだ。これをきっちりと天摩が決め、「チーム附属」に貴重な追加点が入った。

その後、「九州なでしこ」は再び全球を田渕のレフトサイドに投じた。しかし、「九州なでしこ」の投球が、「チーム附属」のゴールラインを割るシーンは一度も訪れないまま、試合終了のブザーが鳴った。

チーム付属

チームとしては8年ぶりの“日本一”となった「チーム附属」

決勝後、優勝した勝因を聞くと、天摩も安室も口を揃えて「あづきのおかげ」と語った。

「昨年4位だったところから1年間練習をやってきました。うちはもともと得点力のあるチームではないので、守ってなんぼなんです。そういう点で、あづきの成長はとてつもなく大きかったです」と天摩が語れば、安室も「決勝はすごく緊張していたのですが、あづきが早い段階で先制点を取ってくれたので、それで気持ちが楽になりました。それと、昨年はあづきが始めたばかりで、センターの私も攻撃に多く参加しなければならなかったし、守備でも私と天摩さんが広い範囲を守らなければいけなかった。でも、あづきが成長してくれて、今年はそういう負担が軽減されたことが大きかったです」と後輩のプレーを称賛した。

そんな先輩2人からの言葉に、恥ずかしそうに、しかしうれしそうにほほ笑む田渕。1年間、練習を重ねることで、3人が築き上げたチーム力の強さがうかがい知れた。

2年前、ゴールボールを始めた頃は、勢いよく投げ込まれるボールを体で受け止めるのが怖かったという田渕。しかし、昨年の選手権で抱いた悔しさから、貪欲にトレーニングに励み、練習を積んできたことで自信が生まれたのだろう。今は「楽しくて仕方ない」という。そんな17歳が見せたプレーは、ゴールボールの魅力と奥深さを感じさせてくれた。それは、決勝で敗れた直後に聞かれた浦田(九州なでしこ)からのこんな言葉にも表れている。

「これがゴールボールの難しさでもあります。エースがいるからって、勝てるものではない。ゴールボールって奥深いですよね」

「もっと練習して、強くなりたい」と語る田渕。ゴールボールを通して、彼女が今後、どんな経験を積み、どんなふうに成長していくのか、楽しみだ。

田渕あづき

期待の17歳、田渕あづき。

(文/斎藤寿子、写真/越智貴雄)

※ペナルティースロー…サッカーのペナルティーキック(PK)同様、1対1の勝負。ペナルティースローを与えられたチームの1人が投げたボールを、ペナルティーを犯したチームの1人が守る。

ゴールボールとは

視覚に障害のある人向けに考案されたスポーツ。1チーム3人(ライト、レフト、センター)で構成され、全員がアイシェード(目隠し)をした状態で交互に鈴入りのボールを転がし、幅9メートルの相手ゴールを狙う。守備側は攻撃側の足音や、ボールの鈴の音で、どこから、どの方向に、ボールが転がってくるかを聞き分け、ゴール前で横一列になり、床に手足を伸ばした状態で壁を作ってボールを止める。試合は前後半12分ずつの計24分間で行われ、総得点を競う。

斎藤寿子(さいとう ひさこ)

斎藤寿子(さいとう ひさこ)

新潟県出身。大学卒業後、業界紙、編集プロダクションを経て、2006年からスポーツ専門Webサイトで記事を執筆。主に野球、バレーボール、テニスを担当。2011年から取材を始めた障がい者スポーツでは、パラ競技を中心に、国内大会をはじめ、2012年ロンドンパラリンピック、2014年仁川アジアパラ競技大会、2016年リオデジャネイロパラリンピックなどを取材。2015年からフリーライターとして活動している。

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