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December 03 2015 By 向 風見也

ラグビー日本代表の稲垣啓太は、なぜワールドカップを「過去のこと」と言い切るのか

ラグビー日本代表の稲垣啓太は、なぜワールドカップを「過去のこと」と言い切るのか

テレビの動物番組の収録で、カンガルーと走った。翌日は所属先の練習試合に出場した。2015年11月上旬。ラグビー日本代表の稲垣啓太は、自らの多忙な日々を淡々と振り返る。

「これまでとは違った忙しさです。ラグビーを取り上げてくれるようになったからこその忙しさであって、そこに我々はうまく対応していかないといけませんし、プレーでも強い姿を皆さんにお見せできるよう練習していかないといけない。プレーがぶれてしまったら元も子もないですし、自分たちの立場を理解しよう、と」

9月から10月にかけ、4年に1度行われるワールドカップのイングランド大会に出場した。予選プール3勝を挙げるなか、全4試合に出場。帰国後はブームのただ中に身を置いていた。

自分の全ての行動に何らかの意味を持たせる。持たせようとする。行動の意味を第三者にもわかるよう、簡潔に表現する。思考と言語化のスキルは、ひとつひとつのプレーとも強く結びついている。

楕円球と出会った新潟工業高校時代は箕輪菓子店の「たまごサンド」に親しみ、2009年に入った関東学院大学ラグビー部では、所属の関東大学リーグ戦で2部への降格を2012年に経験した。国内最高峰トップリーグの強豪であるパナソニックへ入ったのは、苦味を知った翌年の2013年春だった。

「自分の能力に自信を持っていましたが、それが通用しないこともあるかもしれない、という感じです。上には上がいるって、よく言うじゃないですか」

好物のコーヒーにも「カフェインは筋トレをする前に摂ると、スイッチになる。うまく作用すれば体脂肪を燃焼してくれる」という意味を持たせた稲垣は、当時、こんな思いを抱いていた。ぴりりとする自尊心をも率直に表すのは、時間を無駄にしたくないからだろう。

群馬県太田市にあるパナソニックのクラブハウスでは、新人時代に在籍していた指導者の教えを血肉とした。持ち味のタックルに磨きをかけた。

体重を落とさずに体脂肪を削れたのは、ストレングス&フィットネスコーチだったアシュリー・ジョーンズのおかげだと話す。南半球最高峰スーパーラグビーのクルセイダーズでも実績をつくった名伯楽のもと、競技中の動きと似たメニューに取り組む。1対1での取っ組み合いを体幹の力だけで制したり、柔道の抑え込みをかける相手と体勢を入れ替えたり。

「筋力的にも増えたけど、実戦で使える筋肉が増えたというイメージです」

さらに肌に合ったのは、フィル・ムーニースキル&バックスコーチの教えだ。

スーパーラグビーのレッズで指揮を執ったことのあるムーニーコーチ(2014年はパフォーマンスマネージャー)から、稲垣は細部を突き詰める姿勢を学んだ。それを1年目の「リーグ戦中、チーム最多の数」という記録、2年目の大一番におけるビッグタックルに繋げたのである。

「タックルした後、相手の上に乗らないとすぐには起き上がれない。そのためには、相手を前に倒すことが必要になる。すぐに起き上がれるようになったということは、前へのドミネート(前進する相手を押し返す)タックルができるようになったということです」

賢い人が他の賢い人の意見を聞き入れ、成長を加速させた。トップリーグで2連覇を果たすと、2015年はスーパーラグビーのレベルズに挑戦。スクラムを最前列で組むプロップにあっては、驚異の仕事量をアピールし続けている。

ワールドカップには、自己申告で「身長183センチ、体重120キロ」の体躯で挑んだ。

チーム史上初の1大会複数勝利を記録した10月3日のサモア代表戦では、前半21分、敵陣ゴール前の自軍ボールスクラムを押し込んだ。相手の反則がなければ得点できた、と判定され、ペナルティートライを勝ち取った。そのわずか5分後には、自陣22メートルエリア内で「ドミネートタックル」を決めた。

場所はミルトンキーンズのスタジアムmkである。26-5での勝利を引き寄せた25歳の殊勲者は、「自分の能力云々より、この雰囲気を経験できたのは大きい」と淡々と振り返った。

「ワールドカップで3勝しました。ただ準々決勝へは進めませんでした。いまはそういう結果しか残っていなくて、あとはもう、過去のこと」

日本ラグビー界にとっての栄光の記憶も、すでに「過去のこと」として相対化した。その証拠に、大会で感じた今後の改善点を早くも言葉にしていた。

以下、現地の取材エリアでの談話である。

「これくらい(ワールドカップ級)のフィジカルレベルの試合では、フィットネス(スタミナ)がきついところがあった。疲れている時に左右に(相手にステップを)切られると、タックルの一歩の足が出てこなくなる。飛んじゃうんです(相手と離れているところで、無理に飛びつくような動きになる)」

この時点でもう、先を見ていた。

晩秋の群馬のグラウンド。チームトレーニングの直後という疲れた折に、稲垣はタックルの個人練習に励んでいた。全てを終えて引き揚げる本人は、質疑に応じる形でこんなフレーズを残していった。

「コンタクトフィットネス。そこは課題だと思っているので」

11月14日、東京は秩父宮ラグビー場で国内最高峰トップリーグの開幕戦に挑む。サントリーに38-5で勝ったが、「肉が飛び出ていました」と述懐した。

そう。聞いた側が顔をゆがめる出来事も、「過去のこと」としてグラウンドへ出かける。

遡って9月19日、ブライトンコミュニティースタジアムでのワールドカップの南アフリカ代表戦では、右手中指を骨折した。帰国後も腱が切れたままで、当該箇所はずっと真っ直ぐに伸びないとしている。

(写真/長尾亜紀)

向 風見也

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1982年富山県生まれ。2006年に独立し、ラグビーライターとして「ラグビーマガジン」「ラグビーリパリパブリック」「スポーツナビ」などの雑誌やwebサイトで寄稿。書籍の執筆や構成、イベントの企画・司会も行う。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)。共著複数。

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