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December 04 2015 By 斎藤寿子(さいとう ひさこ)

リオ予選敗退から1カ月。「再創造」へ踏み出した第一歩 ~女子車椅子バスケットボール~

あの悔し涙を流した日から約1カ月、女子車椅子バスケットボールチームが、新たなスタートを切った――。

今年10月、2016年リオデジャネイロパラリンピックの出場権をかけて行われた車椅子バスケットボールの「アジアオセアニアチャンピオンシップ」。日本は男子が3位決定戦で韓国を破り、最後の1枚だったリオ行きの切符を勝ち取った一方で、女子は手にすることができず、パラリンピック出場を逃した。予選、準決勝合わせて5試合全敗という結果は、日本女子に厳しい現実を突きつけたに違いない。だが、決して何かを失ったわけではない。そして、あの悔しさを無駄にしたくはない。合宿での生き生きとした選手たちの様子からは、そんな思いが感じられた。果たして、どんな思いの下、新たなスタートを切ったのか。橘香織(たちばな・かおり)ヘッドコーチ(HC)に話を聞いた。

橘香織ヘッドコーチ

「re(再び)」「creation(創造する)」を掲げる、橘香織ヘッドコーチ。

 ゼロからではなく、さらなる強化へ

10月10~17日の8日間にわたって千葉ポートアリーナで行われた「アジアオセアニアチャンピオンシップ」。女子はパラリンピック出場1枠を、日本、中国、オーストラリアの3カ国で争った。まずは総当たり2試合ずつの予選リーグを行い、予選1位が決勝に進出。予選2位と3位で準決勝を行い、その勝者と予選1位で行われる決勝での優勝国に、パラリンピックの出場権が与えられるという方式だった。

もちろん、日本が狙っていたのは優勝。しかし、待っていたのは予想以上に厳しい現実だった。予選全敗で3位となった日本は、2位のオーストラリアとの準決勝にも敗れ、未勝利での敗退。力不足が露呈したかたちとなった。橘HCも「競り合った中、ちょっとした判断ミスで負けたとかではなく、力の差があった」と、しっかりと現実を受け止めている。

だが、これまで積み上げてきたものをゼロにするつもりはない。やってきたことが間違っていたとは決して感じてはいないからだ。それは、今回の合宿の最初のミーティングで選手に伝えた「re-creation」という言葉にも表れている。「re-creation」とは、「気晴らし」「休養」という意味の「レクリエーション」ではなく、「re(再び)」「creation(創造する)」という意味での「リ・クリエーション」だ。

橘HCはこう語っている。

「2年半かけてやってきたことというのは、基礎スキルや考える力という土台の部分。これは確実にチームの力になったと思います。ただ、それだけでは世界には通用しなかった、というのがリオ予選での結果だったと思うんです。だから、これまでのことを壊してゼロからではなく、この土台を使って、どう強化していき、世界と渡り合える力をつくり直していくことができるかが今後、重要なのだと考えています」

それは、日本車椅子バスケットボール連盟のなかでも一致した見解だったのだろう。実は4年前、ロンドン大会予選で敗退後、女子は新体制発足が遅れ、約1年半もの間、強化合宿は行われなかった。リオに向けてようやくスタートを切ったのは、2013年5月に橘HCが就任した後のことだった。だが、今回は1カ月という早さでスタートを切った。正式な新体制はまだ確定していないが、来年2月に行われる「国際親善女子車椅子バスケットボール大会」(大阪カップ)までは橘HCが続投し、強化を図ることで動き出した。4年前の反省を踏まえたことに加え、「やってきたことは間違いではない。だからこそ、次につなげたい」という強い思いが、迅速な再出発を促したのだろう。

こうして女子車椅子バスケは、11月26日から4日間にわたって行われた強化合宿で、新たな一歩を踏み出した。

女子車椅子バスケットボールチーム

合宿で、気持ちを一つにして新たな一歩を踏み出した、女子車椅子バスケットボールチーム。

今後への期待膨らませる若手の台頭

最終日の29日、合宿地となった茨城県立医療大学の体育館を訪れると、選手やスタッフたちが練習の準備をしている最中だった。天気も良く、体育館に暖かな日が差し込んでいたこともあったのだろう。明るく快活な空気が漂っていた。

「ここから始まっていくんだな」自然と胸が高鳴った。

ロンドン、リオと2大会連続でパラリンピックの出場を逃した日本女子の現状が厳しいことはいうまでもない。しかし、だからこそ、今後どんな道を辿っていくのか。その過程を見ていきたい。1カ月前の敗戦の時、悔し涙を流す選手たちの姿を目に焼き付けながら、そんな思いが沸々とわいてきた。だからこそ、今回の合宿の取材は、自分自身にとっても「新たなスタート」のような気持ちがしていたのだ。

「結構若手や新しいメンバーが入っていて、楽しみな選手が多いんですよ」

開口一番、そう言って笑顔を見せた橘HCの表情からは、いいスタートが切れたという合宿での手応えが感じられた。実際、メンバーリストを見ると、招集された25人のうち、10代が3人、20代が11人と合わせて全体の半数を超えていた。また、2015年シーズンの強化指定には入っていなかった選手も8人が加わっているという。そのうえで、エース網本麻里(あみもと・まり)やベテランの上村知佳(うえむら・ちか)、吉田絵里架(よしだ・えりか)など、これまで日本代表を牽引してきた主力メンバーも揃っており、まさにこれまで築いたものに、新しい力を加えようとしていることが窺い知れる顔ぶれとなっていた。

最終日に行われたのは、2チームに分かれてのゲーム形式の練習だった。そこで目に留まったのが、柳本あまね(やなぎもと・あまね)、16歳だ。スピードがあり、ボールマンへのプレッシャーも強い。攻守にわたってそつのないプレーは、16歳とは思えなかった。実は試合前のレイアップシュートの練習を見ていて、無駄のない柔らかい動きに、なんとなくだが、バスケセンスの高さを感じていた。

柳本あまね

期待の16歳、柳本あまね。

聞けば、彼女はリオ予選に向けて、代表候補ではあったものの、最終的に12人の代表メンバーに名を連ねることは叶わなかったひとりだという。

「あまねは、予選メンバーに入ることができず、非常に悔しかったと思うんです。でも、だからこそ練習したんでしょうね。今回の合宿ではオフェンスもディフェンスも、かなりの成長を感じました。もともとバネがあって、体も強く、高い能力を持った選手でした。ただ、これまでは言われるがままに動くだけで、プレーのスピードに自分の判断が追い付いていなかったんです。でも、その判断ができるようになってきたことで、プレーにも余裕が生まれてきた。それがいい動きにつながっているのだと思います」と、橘HC。

また、橘HCが驚くほどの成長を見せたのが、小田島理恵(おだじま・りえ)、26歳だ。彼女はちょうど1年前、2015年シーズンの強化指定選手の選考会として行われた合宿では、まだ国内のトップ選手たちのレベルには達していなかったという。

「車椅子バスケでは、まずチェアスキルが重要なのですが、小田島は昨年はまだ、体がまったくできていなくて、チェア操作もままならない状態だったんです。ところが、今回は思うように車椅子を操作していて、見違えるような動きをしていました。それに伴って、いいプレーも出るようになった。今、ものすごいスピードで成長しているので、とても楽しみです」

彼女たち新たな選手の台頭が、国内の競争力を高め、既存の選手にも大きな刺激を与えることとなる。チームの活性化につながることは間違いない。

さて、来年2月には大阪カップが開催される。今回の合宿は、その選考会でもあった。橘HCは、長いスパンでのチームづくりを考え、「再創造」をアピールするためにも若手中心のメンバーで臨むつもりだという。とはいえ、もちろん「負けてもともと」という気持ちは一切ない。

「大阪カップには、イギリス、ドイツ、オーストラリアが出場します。そのうちイギリスとドイツはパラリンピック出場が決まっている。そういうチームと対戦できるわけですから、私たちは大阪カップを『日本にとってのパラリンピック』という気持ちで臨みます」

女子車椅子バスケットボールチーム

大阪カップのメンバー選考も兼ねて行われた合宿。最終日、試合形式の練習に気合いが入る。

将来を担うであろう若手選手たちが、パラリンピック出場国相手に、どんな戦いをするのか。結果以上に、選手たちがそこで何を感じ、どんなことを掴むのかに注目したい。それこそが、次へのステップには重要だと思うからだ。

リオ予選を突破し、見事に出場権を獲得した選手やチームにスポットライトが当たる一方、その陰には予選敗退の悔しさを胸に、新たなスタートを切っている選手やチームの存在がある。勝ってさらなる高みを目指す姿も、負けて再び這い上がろうとする姿も、見るに値する競技スポーツの醍醐味と言えはしないだろうか。ロンドン、リオと予選で涙をのみ続けている女子車椅子バスケが、果たしてどんなチームをつくり上げていくのか。リオでの表彰台を目指す男子同様、気になるところだ。これからの彼女たちの歩みを、じっくりと、ゆっくりと、見ていきたいと思う。

(文・斎藤寿子/写真・越智貴雄)

斎藤寿子(さいとう ひさこ)

斎藤寿子(さいとう ひさこ)

新潟県出身。大学卒業後、業界紙、編集プロダクションを経て、2006年からスポーツ専門Webサイトで記事を執筆。主に野球、バレーボール、テニスを担当。2011年から取材を始めた障がい者スポーツでは、パラ競技を中心に、国内大会をはじめ、2012年ロンドンパラリンピック、2014年仁川アジアパラ競技大会、2016年リオデジャネイロパラリンピックなどを取材。2015年からフリーライターとして活動している。

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