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December 10 2015 By 向 風見也

22歳のラグビー日本代表、藤田慶和の天賦の才とは。

毎年12月第1週の日曜日に行われる関東大学ラグビー対抗戦Aの「早明戦」は、日本の楕円球史が醸成した魅惑の舞台装置だ。早大と明大の在校生や卒業生らがスタンドを埋め、歌を歌い、酒を飲み、嬌声をあげる。

非日常的な雰囲気にあって、学生選手の精神状態やプレーの精度が左右される傾向にある。下馬評で不利な側が健闘して接戦を演じる傾向が強いのは、こうした背景とも関係している。

2015年12月6日、東京は秩父宮ラグビー場。今度で91回目となる「早明戦」にあって、明らかな注目選手がいた。

藤田慶和。エンジと黒のジャージィをまとう早大の副将である。身長184センチ、体重90キロの締まった体躯、色白の肌、切れ長の目が特徴的で、球を持てば大きなストライドでスタンドを沸かせる。

選手入場。整列。早大の校歌が流れる。左胸に手を当てた藤田は、笑っていた。

小さい頃からテレビで海外の試合中継を観ていた。南半球最高峰のスーパーラグビーでのプレーを、人生の目標に掲げるようになった。日本代表入りを果たしたのは、東福岡高校卒業直後の2012年のことだ。その年の5月5日、ジャパンのテストマッチ(国際間の真剣勝負)の最年少出場記録を18歳7カ月27日に塗り替える。

先のワールドカップイングランド大会でもメンバー入り。大会直前に選考理由を問われたエディー・ジョーンズヘッドコーチに、「藤田は3年前から連れて行くと決めていた」と言わしめたほどの逸材である。

7人制ラグビーの世界でも、2016年のオリンピックリオデジャネイロ大会参戦が期待されている。似て非なる2つの競技を掛け持ちし、いつだって過密スケジュールの只中にある。日刊スポーツで「ラグビーリア充」という見出しをつけられたのも、自然な流れだった。

いつだって前向きな人だ。少なくとも、前向きであろうとする。試合の反省点を語る折も、「ワークレートが落ちてしまったことがあったので、そこを上げていきたい。あとは、相手のディフェンスが流れてゆくところへ、僕も流れてしまうところがあった。外側のポジション(この日の藤田はタッチライン際のウイングでプレー)から、どういうボールが欲しいのかを明確に伝えることをやっていかなければ」と、課題の解決手順も付け加える。

実は史上最年少での代表デビューを果たした直後、大けがを負っている。左膝靱帯。シーズンを棒に振ってのリハビリ期間中は「周りのことで、見方によっては意味があるかもしれないことにも意味がない、と考えてしまったこともあります」と言いつつも、復帰すればこの様子だったのだ。

「けがする前は忙しいなぁと思っていたんですけど、朝から学校に行ってリハビリして…という普通の生活になった。逆に、忙しいって、幸せなことなんだな、と」

ジャパンのジョーンズヘッドコーチとの面談を積極的に希望し、終わりかけには「次はいつ会ってもらえますか」と本人に聞いていた。そして、その約3年後。ワールドカップの期間中も、主力組と練習する機会はかなり限られたなか、指揮官に「僕を使ってください」と申し出たらしい。予選プール最終戦、先発出場を果たす。10月11日、グロスターはキングスホルムスタジアムでトライを決めた。アメリカ代表を28―18で下した。

ラグビーW杯1次リーグ  日本―米国 後半、突進する藤田=グロスター(共同)

ラグビーW杯1次リーグ  日本―米国 後半、突進する藤田=グロスター(共同)

代表関連の活動のため、今季の早大への合流は11月以降となった。本格合流前の1日、チームは大学選手権6連覇中の帝京大に15―92と大敗を喫していた。ある主力格は「負けた直後は、さすがにショックが大きかったです」と肩を落としたものの、それ以後の仲間の様子を見た藤田は「お、いけるな」と思ったという。皆が主体的に能力向上に努めるなか、自身も日本代表仕立ての対戦相手の分析方法を教示。ミーティングやプレー中のコミュニケーションの質を高めていった。

後藤禎和監督には「いい発信をしてくれています」と、岡田一平主将にも「よく声を出してくれる。情報を与えてくれる」と太鼓判を押された。11月23日、慶大とのゲームで復帰。帝京大と32―49という打ち合いを演じた明大との一戦を前に、こう意気込んでいた。

「精度の部分を大切にしています。チームの精度はよくなっている。あとは個人の精度。プレーする前の準備をよくしていかないと、と感じているんですが、そこは試合までに上げていける」

ノーサイド。24―32。試合終盤に反則を重ねた明大からモールを起点に連続加点も、今季の下馬評は覆らなかった。藤田も自身のタックルミスから失点を招いた。

それでもどうだ。ミックスゾーンを駆け足で通り抜け、試合後の交歓会を終えて記者団に囲まれれば、口角をあげてひたすら未来を語る。

「自分たちがやろうとしていたことはできたんですけど、自分たちの簡単なミスで点を取られた。それさえなければ、全然、イケていた。もちろん、それは自分たちの精度が低いということなので、その精度を上げていきたい」

「ワセダはメイジと比べると、あの…確実に個人能力が劣っているかもしれないので、チームとしてアタックしないといけない。チームとして成長したいですね。これからも」

「クロスゲームがこれからも続くと思う。そういうなかでのミスが今日の負けの原因になってしまったのですが、精度の部分を修正すれば必ずいい方向に持っていける自信がある。しっかり切り替えて、次に同じことをしないように成長したいです」

そう。アスリート藤田慶和の天賦の才は、めげないことである。

「いい例外をつくっていきたい」

下級生の頃、この闊達な男性はつぶやいた。当時は大学に通いながらスーパーラグビーでプレーすることを目指していたが、いまは別の「例外」的ミッションを掲げる。12月13日から参戦する大学選手権で、帝京大を倒しての大学日本一を目指す。

向 風見也

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1982年富山県生まれ。2006年に独立し、ラグビーライターとして「ラグビーマガジン」「ラグビーリパリパブリック」「スポーツナビ」などの雑誌やwebサイトで寄稿。書籍の執筆や構成、イベントの企画・司会も行う。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)。共著複数。

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