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December 22 2015 By 佐藤 喬

自転車の世界にもJリーグを 栗村修の夢(後編)

自転車の世界にもJリーグを 栗村修の夢(後編)

一回目の死

栗村修は29歳で引退した。

アスリートは2回生きるという。選手としての人生と、その後の人生である(「選手生命」という言葉もある)。もしそうならば、レーサーとしての栗村修は29歳で死んだことになる。これは、30歳を超えてピークを迎える選手も多いサイクルロードレースの世界にあっては夭折にあたる。

書いたように、クラブチームで走りはじめ、最終的にヨーロッパのチームまでたどり着けた栗村は、国内選手としてはトップクラスだった。しかし、もっと強い選手がいたのもまた事実である。栗村は後に、狙ったレースで狙った結果を出せたことは一度もなかった、と振り返っている。もっとも、人生はそんなものかもしれない。

ともかく、こうして栗村の第二の人生がはじまった。

 

 

解説者と監督

引退した有名選手がひっそりとその後の人生を送ることは少なくないが、逆のパターンは珍しい。栗村修の場合はその例外だった。

引退後の栗村はテレビの解説者として有名になった。今の栗村のファンのほとんどは、テレビで栗村を知ったはずだ。サイクルロードレースの複雑なやり取りや選手たちの個性を、軽妙かつ分かりやすく伝える栗村の解説でこの競技の魅力を知ったファンは多い。

だが栗村は解説者として活躍する一方で、競技界にももう一方の軸足を置いていた。チームの監督としてである。

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2010年、地域密着型チーム「宇都宮ブリッツェン」の監督に就任する(右)

 

器を育てる

一見、直接の関係がないように見える解説者と監督業は、栗村の中ではひとつの目的のための両輪である。それは、サイクルロードレースをメジャースポーツにすることだ。

メジャースポーツにはまず、ファンが必要である。だから解説者として競技の魅力を説き、ファンを増やす。

そして監督業では、選手とチームを育てる。メジャースポーツには強豪選手が必要だし、強豪選手を生むためには、才能を発掘し、彼らを高いモチベーションで走り続けさせる「入れ物」が欠かせないからだ。

特に、チームミヤタとシマノを経て2010年に監督に就任した宇都宮ブリッツェンでの試みは大きな意味を持った。「宇都宮」という地域名を持つブリッツェンは日本の地域密着型チームの先駆けとなった。

日本は広いが、宇都宮ではもはやサイクルロードレースはマイナースポーツではない。道を走っている選手が市民に応援されることは珍しくないし、地元の新聞には前日のレースの様子が掲載される。その意味では、高校生の栗村が衝撃を受けたフランスに、今、最も近いのが宇都宮である。

地域密着型チームに力を入れたのは、サッカーでの成功例があるためだ。栗村が選手として走っている間に、サッカーは一気にメジャースポーツとなっていた。それは、地域密着型チームで成り立っているJリーグによった。現在は、自転車の世界にも地域密着型チームが徐々に増えつつある。

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2012年には監督として国内シリーズ戦である「Jプロツアー」を制した

しかし栗村は、2012年で監督業から手を引いた。もっと大きいものを作るためである。

 

 

再びグラウンドから

神奈川県のグラウンドで、幼稚園児だった栗村修がボールを蹴りはじめてから40年近くが経った。その後幼稚園児は自転車に転向し、選手になり、監督になった。選手としては自分自身を育て、監督としては選手とチームを育てた。

前にグラウンドに立っていたときは、サッカーもサイクルロードレースも大して変わらない位置にいた。その後の40年間で大きな差がついたのである。しかし、サッカーにできたことがサイクルロードレースにできないと、なぜ言えるのか。

栗村の三度目の仕事は、サイクルロードレースの世界にJリーグのようなシステムを打ち立てることだ。そのための試みの一つが、子どもたちに自転車競技を広め、世界で戦える才能を発掘・育成する「JrIDE PROJECT」(ジェイライドプロジェクト)である。また、国内最大のステージレース「ツアー・オブ・ジャパン」の大会ディレクターとして、選手でもチームでもなく、レースを作る仕事もはじめている。

もちろんどれも簡単ではないが、栗村はそんなことは知っている。選手も監督も、まったく楽ではなかった。

選手、監督としての2回の人生を終えた栗村は今、また神奈川県のグラウンドに立っている気がしている。次の、そしておそらく最後の人生は、少し長くなるかもしれない。

<photo:STUDIO NOUTIS/阪本竜也>

 

自転車の世界にもJリーグを 栗村修の夢(前編)

自転車の世界にもJリーグを 栗村修の夢(中編)

 

佐藤 喬

佐藤 喬 Twitter

フリーランスの編集者・ライター。1983年生まれ。2013年よりフリーランスとして活動。書籍やムックの企画立案・ディレクション・編集作業・取材・執筆までをひとりで行う。自転車関連に強い。著書に『エスケープ』(辰巳出版)。

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