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September 18 2015 By ゲストライター

写真家・越智貴雄が伝える熱情。パラスポーツの魅力。

写真家・越智貴雄が伝える熱情。パラスポーツの魅力。

川崎市内のフットサルコート。照りつける真夏の太陽。そこでは、「ブラインドサッカー」日本代表チーム主将・落合啓士(38歳)がアイマスクを着け、黙々とボールを蹴っていた。ボールが転がるたびにシャラランと音がする。落合はそのわずかな音を頼りに、足に吸い付くような見事なドリブルでボールを運び、シュートを決める。その傍で、時に地面に這いつくばりながらカメラを構えるのが、写真家の越智貴雄(36歳)。落合の動きを鋭い眼光で追い、静かに集中しながらシャッターを切る。ボールが勢いよく飛んでくるゴールでカメラを構えることもいとわない――。

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認知度は世界トップだが観戦率は最低

越智は大阪芸大写真学科在学中の2000年から、国内外のパラリンピックスポーツを撮り続けている。きっかけは、同年に開催されたシドニーオリンピック。師事していた教授の勧めで、オリンピックの撮影に渡豪した。オリンピック終了後、急きょパラリンピックの撮影依頼が舞い込み、思いがけずしてパラリンピックを目撃することになる。そこで衝撃を受けた。「人間ってこんなことができるんだ」。想像を超えた世界だった。

「日本は『パラリンピック』という言葉の認知度は世界トップ。でも、観戦率は実は一番低い。2000年のシドニーオリンピックの時も、新聞は社会面でしかパラリンピックを報じなかった。もっと、いろんな面を伝えたい、見てほしいという思いが沸き起こったんです」

慎重に言葉を選びながら、少年のように目を輝かせながら語る。世間では、いまだに「障がいがある人はかわいそう」「助けてあげなければ」という先入観がある。しかし、パラリンピックで世界を相手に戦う選手のプレイは、そんな気持ちを覆すほどの迫力だ。

球技では車椅子同士で激しくぶつかり合う。100m走ではアイマスクを着用しながら11秒台で走る。走り高跳びでも、右足切断の選手が1m87cmのバーをクリアする。選手たちは4年に一度、その一日のために人生のすべてをかけて練習している。越智は彼らの熱情に惹きつけられ、選手を追いかける。その一人が、冒頭の落合だ。

 

シンプルな撮影では伝わらない

そんな越智が「印象深い1枚」だという写真がある。2012年に開催されたロンドンパラリンピックで撮影した、車椅子バスケットボールでの1枚だ。ゴールの真上から狙った写真は、それまで誰も見たことがないスポーツ写真として話題になった。

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何度も粘り強く交渉して、やっとのことで主催者側から許可が出た。撮影当日は、朝4時に会場入りし、天井で入念にセッティング。普段は現場の空気感を大事にするため、事前に撮影ポジションを決めることは少ない。この競技の魅力と迫力をどうやったら写真で表現できるか、それを考え抜いた末の一枚。それだけに、これは彼にとって特別な写真なのだ。

有名人を撮るなら、シンプルに撮影するだけでも人を惹きつけることができる。しかし、誰も見たことがないもの、一般的に興味を持ってもらえないものはそうはいかない。パラスポーツに、パラリンピックにどうやったら人を惹きつけることができるだろうか。越智は常に考えている。

「僕の写真がきっかけになって、少しでも多くの人に興味を持ってもらいたい。それが僕にとって、ゴールのひとつです」

 

全員が先駆者

2016年にはリオ、そして2020年には東京でパラリンピックが開催される。

「以前撮ったものと比べてみると、最近の写真はずいぶん変わってきた。これは、僕の写真が変わったのではなく、選手たちのパフォーマンスが変化したためです」

かつては、パラスポーツの競技人口そのものが少なかったこともあり、数カ月練習すればパラリンピックに出られる時代もあった。しかし今は、競技人口も増え、競技レベルも段違いで上がった。勝利はもちろん、出場すらも、ベストを尽くさないと絶対に無理。だから選手たちも必死になっている。昔はほとんど出ることのなかったガッツポーズを、最近は国内の予選大会ですらよく見るという。それだけ、一試合、一試合にみな真剣なのだ。

パラリピアンには、いわゆる先駆者がいない。と同時に、全員が先駆者でもある。障害を負った経緯や部位は一人ひとり異なるため、出場競技も、鍛え方もすべて違ってくる。どの選手も自分で、初めての道を切り開かなければならない。パラリンピックは、それを全力で出し切る舞台だ。

 

社会を変える

炎天下のフットサルコートでは、落合の個人練習が続いている。その姿を追う越智も汗だくだ。

2012年のロンドンパラリンピックは興行的にも大成功だったというが、それでもまだまだだ。パラリンピックを目指す選手も、それを追いかける越智も、資金面では苦労もあるだろう。しかし越智に聞くと、それを負担に感じたことはないと笑う。

「ただ、あの熱情をストレートに伝えたいんです」越智はそう繰り返し、熱っぽく語る。「メダルを獲った、いい記録を出した、メディア報道はこれだけでは意味がないんです。今後は、写真を通して、その背景や意味を伝えていきたい。彼らには、社会を変える力がある」

2020年の東京パラリンピックに向けて、きっかけをつくりたいと話す越智。その日に向けて、越智は今日もシャッターを切る。

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(取材:石原たきび)(撮影:新井健太 DIGITAL BOARD)

ゲストライター

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The BORDERLESS(ザ・ボーダレス)編集部からの依頼で執筆いただいたゲストライターの方です。

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