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December 25 2015 By 斎藤寿子(さいとう ひさこ)

トップランナーに挑み、世界の強さを知った2015年 ~車いすランナー・鈴木朋樹~

今年9月にカタール・ドーハで行われた「IPC2015陸上競技世界選手権大会」。そこで、しっかりと自らの存在をアピールした若き日本人ランナーがいる。鈴木朋樹(すずき・ともき)、21歳だ。世界のトップランナーたちが集い、来年のリオデジャネイロパラリンピックに向けた“力試し”が行われた今年の世界選手権。今年国際大会にデビューしたばかりの鈴木にとって、そこは初めて経験する「世界一」を決める舞台だった。世界では「無名」に等しい鈴木だが、臆することなく挑んだ姿に、世界のトップランナーたちは「近い将来のライバル出現」と見たに違いない――。

世界王者の前へ。理想通りのレース展開

車いす陸上界で世界のトップを走り続けているマルセル・フグ(スイス)。800メートル、1500メートル、5000メートル、10000メートルの世界記録保持者だ。彼を尊敬し、彼に勝つことを欲してやまないランナーは少なくない。鈴木もそのひとりだ。今は憧れだが、いつかは肩を並べ、そして破りたい相手がマルセル・フグである。

今年9月、そのフグと初めて同じレースを走るチャンスが訪れた。世界選手権、800メートルの予選である。鈴木はスタートから狙っていた。

「なんとかして、マルセル選手の前に付きたいと考えていました。後ろに付いていたのでは、彼には勝てないと思ったからです。そこでマークしていたのが、隣のコースにいたラワット・タナ選手(タイ)。他の種目のレースを見ていると、タイの選手はみんなスタートで勢いよく飛び出して先頭で引っ張り、そのまま逃げ切るというレースをしていたんです。だから、彼に付いていけば、間違いなく集団の前方につけるだろうと。そこで、マルセル選手よりも前に行ければと思っていました」

号砲が鳴ると同時に、勢いよく先頭を行ったのは、やはりタナだった。彼にピタリと付いて行った鈴木は、狙い通りの2番目に付けた。そして、すぐ後ろにはマルセルが来ていた。あまりの理想通りの展開に、鈴木は内心驚いていたという。「本当にマルセルの前に入っちゃった……」。そんな気持ちだった。それと同時に「もしかしたら、勝てるかもしれない」という思いも芽生えていた。しかし、世界はそう甘くはなかった。

IPC2015陸上競技世界選手権 男子800m予選(T54クラス)

IPC2015陸上競技世界選手権 男子800m予選(T54クラス)。先頭をいくラワット・タナ(タイ)にピタリと付いた鈴木朋樹。世界記録保持者のマルセル・フグ(スイス)が続く

鈴木は後方の選手が追い上げ、横に並ばれることを警戒した。トラックの内側に入られれば、カーブで追い抜かれる危険性があり、外側に並ばれれば、八方塞がりとなり、身動きが取れなくなる“ポケット状態”となってしまうからだ。そのため、鈴木は1レーンと2レーンの間を走るようにしていた。

「後ろを走るマルセル選手からの威圧感はものすごくて、少しも気を緩めることはできませんでした。マルセル選手の後ろにも強い選手がいましたし、彼らにチャンスを与えてはいけないと考えながら走っていました」

勝負の時は、終盤に訪れた。トラック2周目、残り200メートルとなったところで、マルセルがギアを上げ、スパートをかけて鈴木を抜き去って行った。その動きに鈴木も素早く反応し、スピードを上げて既に前を走るマルセルを追いかけた。このまま3着でゴールすれば、ストレートで準決勝進出が決まる。ところが、後ろから23歳と若手のジェイク・ラパン(オーストラリア)が猛追してきた。鈴木は最後の力を振り絞って漕ぎ続け、ラパンと重なるようにしてゴール。一瞬、「負けたかな……」と不安になったが、電光掲示板に「3」と示されたのは鈴木だった。ラパンとの差は、わずか0.02秒。鈴木はほっと胸をなでおろした。

レース中、痛感した世界との差

翌日、準決勝が行われた。レース前のコールルーム(選手の招集所)には、予選にはなかった緊張感が漂っていた。張りつめた空気の中、鈴木は「これが世界の準決勝か……」と、自らが世界トップの領域に一歩、踏み入れたことを実感していた。そして、レースでは自らの力不足を痛感することになる。

予選とは異なり、スタートで後方に付かざるを得なかった鈴木は、そう簡単には好位置に付けるものではないと改めて世界のレベルの高さを感じた。とはいえ、このままみすみす負けるわけにはいかない。「せっかくこんな舞台で走れているんだから、何かを残したい」と考えていた。そこでレース後半の2周目に入ると、鈴木はいち早く勝負に出た。スピードを上げ、先頭まで上がろうと懸命にレーサーを漕いだ。だが、漕げば漕ぐほど、周囲の強さをひしひしと感じている自分がいた。

「途中で『あ、これは無理かもしれない……』と思ったんです。これまで国内のレースであれば、アタックを仕掛けたら、必ず先頭までは上がれて、そこから競り合いとなるのですが、その時は先頭に上がることさえもできない力の無さを感じました。レース中に、そんなことを思ったのは初めてです」

実際、鈴木は先頭まで追い上げることはできず、最後は引き離され、7着でゴール。タイムでも上位8人に入らず、決勝進出には至らなかった。

IPC2015陸上競技世界選手権 男子800m準決勝(T54クラス)

IPC2015陸上競技世界選手権 男子800m準決勝(T54クラス)、ラスト約130mで後方に沈み込む鈴木(左)

成長している実感が、練習への意欲に

あれから2カ月が経った今、鈴木は自らを冷静に分析している。

「正直、手応えを感じたものはなかったですね。とにかく世界の強さと、自分の力不足を感じた大会でした。世界ではまだ通用しないんだと。でも、決して勝負できないわけではないな、ということも感じたことは確かです」

それは鈴木とレースで走った世界のトップランナーたちも同じように感じているのではないだろうか。予選での鈴木の走りを見て、準決勝では彼への警戒心を強めたに違いない。だからこそ、鈴木はスタートから苦戦を強いられたという見方もできる。実際、鈴木の耳には「マルセルがオマエのこと、結構意識しているようなそぶりを見せていたぞ」という、うれしい知らせも入ってきたという。成長著しい鈴木の存在は、決して侮れないと感じたのだろう。

IPC2015陸上競技世界選手権 男子800m予選(T54クラス)

IPC2015陸上競技世界選手権 男子800m予選(T54クラス)のゴール後、鈴木を注視したマルセル

そして鈴木もまた、自らの成長を感じている。

「今、すごく充実しているんです。3年になった今年は、大学の授業が少なくなったので、練習する時間がとれるようになりましたし、合宿にも参加することができるようになりました。練習したらした分だけ、速くなっているのがわかるので、今、練習するのが楽しいんです」

来年にはリオデジャネイロパラリンピックが控えている。2020年東京パラリンピックで金メダルを狙う鈴木にとって、リオの出場は不可欠。自らの目で見て、感じて、そしてその舞台で走ることで、パラリンピックがどういうものなのかを知ることが、東京での金メダルにつながると考えているからだ。もちろん、リオでも上位を狙うつもりだ。世界選手権では届かなかった決勝の舞台を目指す。

来年5月までに世界ランキング16位以内が、出場権獲得のひとつの指標とされている。鈴木が出場を目指す800メートルと1500メートルの世界ランキングは、現在13位、22位と、いずれもボーダーライン。来シーズンはスタートから結果を残し続ける必要があり、このオフシーズンでのトレーニングがカギを握る。

「世界選手権でわかったことのひとつは、中距離でもやはり最後のスパートが勝敗を分けるということ。スプリント力がないと戦えないんです。国内では通用しますが、世界では僕のスプリント力はまだ通用しない。さらに磨きをかけるためにも、このオフは、一から土台であるフィジカルを鍛えたいと思っています」

世界デビューを果たし、世界の舞台を知った2015年。その経験を踏まえて臨む2016年は、さらなる飛躍が期待される。

(文・斎藤寿子、写真・越智貴雄)

斎藤寿子(さいとう ひさこ)

斎藤寿子(さいとう ひさこ)

新潟県出身。大学卒業後、業界紙、編集プロダクションを経て、2006年からスポーツ専門Webサイトで記事を執筆。主に野球、バレーボール、テニスを担当。2011年から取材を始めた障がい者スポーツでは、パラ競技を中心に、国内大会をはじめ、2012年ロンドンパラリンピック、2014年仁川アジアパラ競技大会、2016年リオデジャネイロパラリンピックなどを取材。2015年からフリーライターとして活動している。

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