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December 28 2015 By 斎藤寿子(さいとう ひさこ)

元アスリートたちが語る「引退後の実情」 ~第3回スポーツ・セカンドキャリア・シンポジウム~

元アスリートたちが語る「引退後の実情」 ~第3回スポーツ・セカンドキャリア・シンポジウム~

12月8日、都内の白寿ホールでは「第3回スポーツ・セカンドキャリア・シンポジウム」(主催・ベースボール・マガジン社/NPO法人スポーツネットワークジャパン)が開催され、多くのアスリートが抱える引退後について話し合われた。過去2回はプロ野球選手のセカンドキャリア問題が取り上げられたが、3回目の今年は、サッカー、大相撲、陸上競技など、さまざまな競技の元アスリートが集い、自ら経験したエピソードを基に率直な意見が語られた。

スポーツの価値に気づいていないアスリートたち

第一部で講演した菊幸一(きく・こういち)筑波大学教授によれば、米国では1980年代に選手たちの引退後について問題意識が強まり、「社会からはじき出される」ことを意味する「ソーシャル・デス」(社会的な死)という言葉が登場したという。

一方、日本で「セカンドキャリア問題」を深刻に受け止め、先陣を切って対策を講じたのはJリーグだった。2002年、「セカンドキャリアサポートセンター」(2013年3月に廃止)を設立し、引退した選手のケアに努めた。このことをきっかけに、プロ野球をはじめ、日本のスポーツ界で選手の引退後の人生についての問題意識が強まった。しかし、いまだ解決の方向には至っていないというのが実情だ。

筑波大学教授菊幸一氏

筑波大学教授 菊幸一氏(右)

第二部のパネルディスカッションでは、その実情が、元アスリートたちによって語られた。

「現役時代、引退後は親方の資格を取得して指導者の道を歩むか、飲食店経営もしくは家業を継ぐなどの限られた道しかないと思っていた。サラリーマンになれるとは考えもしなかった」と語ったのは、大相撲元幕内の栃乃若(とちのわか)さんだ。そんな彼の「常識」を変えてくれたのは、知人からの「好きなことを仕事にすればいいんだよ。今までのことは、決して無駄にはならないから大丈夫」という言葉だった。

「その人の言葉で、力士をやめてしまえば、何もできないと思っていた僕の常識が変わったんです」

昨年11月場所を最後に引退した栃乃若さん。今年4月から白寿生科学研究所の「ハクジュプラザ」で店長を務めている。しかし、「自分は教えてくれる人に出会えて、ラッキーだっただけ」と語る。「現役力士にも、広く知る機会を与えてあげたい。そうすれば、いろいろ考えることができ、引退後の選択肢が増えるはずです」

「スポーツ選手は自分たちのやっていることの価値に気づいていないのでは」と語ったのは、Jリーガーから高校の教諭に転身した箕輪義信(みのわ・よしのぶ)さんだ。

「スポーツでは、答えを導き出す力や、コミュニケーション力、新しいものを創出するというようなことを身につけることができる。スポーツが人生を豊かなものにするもの、というふうにとらえられれば、スポーツへの見方が変わるはずです」

もともと教師を目指していた箕輪さんがJリーグ入りを決断したのは、「人間の幅を広げるための場」と考えたからだという。Jリーグでの経験が、教育の場で生かすことができると思ったのだ。そのことを実感している今、箕輪さんは「セカンドキャリア」という言葉自体に違和感を持っている。「何かをやり続けた先に道がある。人生に区切りはなく、すべてがつながっている」と独自の考えを示した。

エリート選手にふりかかるキャリア問題

元アイスホッケー選手の村井忠寛(むらい・ただひろ)さんは、「アスリートは、スポーツという素晴らしい仕事をしているはずなのに、引退後の問題が浮上すること自体、日本のスポーツ文化が豊かではないということを表しているのではないか」と考えている。 その一方で、人材育成の必要性も強く感じている。

「引退後、スポンサー営業を担当していた時に、企業の方々から『いい人材はいない?』と言われることがよくありました。もちろん、人間的には申し分ない選手はたくさんいました。ただ、企業で働くとなると、社会人としての基本が必須となる。そうなると、なかなかいなかった。それで、だったら自分で育成しよう、と思ったんです」

今年、村井さんは会社を設立。現在、アスリートのキャリア支援事業を行っている。

「トップランナーであればあるほど、引退後に大きな問題を抱える」と陸上界の現状を語ったのは、元マラソンランナーの西田隆維(にしだ・りゅうい)さんだ。西田さんいわく、箱根駅伝に活躍した選手は、ほとんどが国内の企業に就職し、競技を続けることができる。そして、引退後は希望さえすれば企業に残ることができるという。一見、安泰しているように思われるが、現実はそう簡単ではないようだ。

「会社側は、『どうぞ引退後も社員として残ってください』というスタンスなのですが、選手本人が『自分は何もできないから』と退職を希望することが少なくないんです。というのも、トップランナーは大会や遠征、合宿などで、ほとんど会社にはいません。当然、大事な仕事は任せてもらえない。だから、会社に残りづらくなってしまうんです」

一方、同じ企業チームでも海外から来た外国人選手は違うという。

「高校、大学、社会人と推薦やスカウトで進路を用意された日本人選手は、現役時代に競技以外のことは考えていない人がほとんどです。しかし、ケニアやエチオピアから来た選手たちは、日本企業には残れないことはわかっているので、現役時代から将来をきちんと考えている人が多いんです」

競技に打ち込める環境が、かえってセカンドキャリア問題を大きくするケースもあるようだ。

ほかの競技ではセカンドキャリア問題が浮上する中、「ほとんど問題にはなっていない」のがバドミントンだという。元選手の片山卓哉(かたやま・たくや)さんによれば、バドミントンでは大企業が支えているため、路頭に迷うようなことはほとんどないのだという。片山さん自身も、将来のこと考え、NTTに入社。引退後はトップセールスマンを目指そうと考えていたという。

しかし、その一方で「充実感のある人は少ないのではないか」とも。ほとんどの選手が企業に残り、安定した収入を得る中、片山さんは以前から憧れを抱いていた理学療法士の道を歩むことを決意。会社を辞め、学生となった当時は、いろいろと大変なこともあったという。しかし、おかげで今はやりたいことをやっている充実感でいっぱいだ。

「モチベーションという部分では、選手の時と何ら変わっていません。やっていることは違っても、現役という点では選手時代の延長だと考えているんです」

日本の「スポーツ文化」が問われた問題

引退後も充実した日々を送っているのは、第三部で登場した元プロ野球選手の里崎智也(さとざき・ともや)さんも同じだ。もともと「引退後のことはまったく心配していなかった」と語る里崎さん。現在、テレビ出演や雑誌インタビュー、講演など、引っ張りだこだ。

元プロ野球選手の里崎智也氏

積極性が成功のカギと語る、元プロ野球選手の里崎智也氏

その要因を里崎さんはこう分析する。

「プロ野球選手というのは、ずっと『うちに来てくれ』と監督やスカウトからお願いをされて野球をやってきた人が多い。つまり、自分からお願いをした経験がないんです。それが引退後の足かせになっていると、僕は思っています。お願いをされるのを待っているだけではダメ。自分から動いていかないといけないんです。僕は引退後、すぐに名刺を作って、配るところから始めました。わからないことは聞いて、教えてもらうようにした。自分のことを新入社員だと思っていますから。結局は、今やれることをやって、失敗しながら新しいことを覚えていくしかない。失敗しても、それを成功事例にすればいいだけなんです」

受け身ではなく、自発的行為がビジネスチャンスを生み出すと語った。

さて、こうしたさまざまな事例を見てみると、セカンドキャリア問題は個人に委ねられている部分が多くを占めているようだ。しかし、菊教授によれば、スポーツが文化であるならば、スポーツ選手は社会の良きモデルとされ、引退後も社会貢献に活用される人材として期待されるという。「アスリートのセカンドキャリア問題は、日本がスポーツをどう見ているのか、扱っているのかにも関わっている」と菊教授。実はそこにこそ、セカンドキャリア問題の根本的解決策があるのかもしれない。

(文・斎藤寿子、写真提供・BBM)

斎藤寿子(さいとう ひさこ)

斎藤寿子(さいとう ひさこ)

新潟県出身。大学卒業後、業界紙、編集プロダクションを経て、2006年からスポーツ専門Webサイトで記事を執筆。主に野球、バレーボール、テニスを担当。2011年から取材を始めた障がい者スポーツでは、パラ競技を中心に、国内大会をはじめ、2012年ロンドンパラリンピック、2014年仁川アジアパラ競技大会、2016年リオデジャネイロパラリンピックなどを取材。2015年からフリーライターとして活動している。

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