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January 29 2016 By 斎藤寿子(さいとう ひさこ)

競技会場で味わえる「新発見」と「驚き」の連続 ~山脇康 日本パラリンピック委員会委員長×田中晃WOWOW代表取締役社長~(前編)

2020年東京オリンピック・パラリンピックの開催が決定して以降、国内では急速にパラリンピックへの注目度が高まっており、リオデジャネイロオリンピック・パラリンピックが開催される今年、さらに加速することが予想される。しかし、実際にパラリンピック競技の会場に足を運び、選手たちのパフォーマンスを楽しむ、というところまでは至っていないのが現状だ。そこで今回は、山脇康日本パラリンピック委員会(JPC)委員長(写真=左)と、田中晃WOWOW代表取締役社長との対談を2回にわたってお届けする。山脇氏と田中氏に共通しているのは、会場に足を運び、競技や選手を見て、知って、触れて、感じることを大事にしているという点だ。そのお二人に会場でしか味わうことのできない競技や選手の魅力、自らの人生観や概念を変えることとなったエピソードなどについて伺った。

パフォーマンスの高さに衝撃を受けた初観戦

―― 山脇さんも田中さんも、障がい者スポーツやパラリンピック競技に携わるにあたって、会場にもたくさん足を運ばれています。そのきっかけは何だったのでしょうか?

山脇: 私が障がい者スポーツに携わるようになったのは、2011年12月に日本障がい者スポーツ協会(JPSA)の理事に就任したのがきっかけでした。それまでほとんど競技を見たことがなかったので、実際に見てみたいと思っていたところ、翌年3月に長野県の白馬村でクロスカントリーとアルペンのジャパンパラ競技大会が行われると聞いたんです。白馬村と言えば、僕にとっては学生時代にスキーを楽しんだ思い出の場所。そういうこともあって、「よし、行こう」と。それで実際に見たら、とにかく「すごい」と思ったわけです。競技を通して選手から出ているパワーやメッセージの強さは半端ではなかった。もともとスポーツを見ることが好きでしたから、それ以来、いろいろな競技会場に足を運ぶようになったんです。

田中: 山脇さんは会場でお会いすると、いつもカメラを抱えて、プロ張りに撮影されていますよね。はじめは、どこかのカメラマンかと思っていましたよ(笑)。

山脇: よく言われます(笑)。レンズを通して見ていると、また違うものが見えてきたりするんです。私自身は、たいした写真は撮れませんが、カメラマンがどうやって写真で競技を表現するのかということにも興味があるんですよ。

田中: 私が初めて目にしたのは、1998年長野パラリンピックでのアイススレッジホッケーでした。いやぁ、あの時の衝撃は今でも鮮明に覚えていますね。「こんなにも激しく、面白いスポーツがあったんだ」と。私は日本テレビ時代からスポーツ中継をやってきたわけですが、長野でアイススレッジやアルペンスキーを見た時に、「これはオリンピックやサッカーW杯と同じように、スポーツビジネスのコンテンツとして十分に成立する」と感じたんです。いつかテレビで放映したいと思っていたのですが、民放ではなかなか難しく、ニュース番組で少し取り上げる程度で終わっていました。それでスカパーJSATに移った時に「2008年北京パラリンピックでは実現させたい」と思ったんです。とはいえ、いきなりはできませんから、まずは5月に行われる男子車椅子バスケットボールの日本選手権決勝を中継しました。それがスタートでしたね。

パラリンピアンが教えてくれた「自分を超えること」

―― 会場でしか味わえないことはたくさんあると思いますが、特に印象に残っていることはありますか?

山脇: 私自身、ビジネスで多くの修羅場をくぐってきたという自負がありましたが、選手たちを見て思ったのは、「自分なんてたいしたことなかったな」ということ。みんな、いろいろなことを乗り越えて、トップアスリートにまでなっている。「人生を2度も突き抜けているな」と思いましたね。そんな選手たちを見ていると、僕自身が得ることの方が大きいと感じています。

田中: 私も、メディアの立場として、新しい発見や驚きがたくさんあって、どんどん惹きつけられていきました。強く印象に残っているのは、ある陸上選手のメダリストの言葉でした。「オリンピックでは勝つことが常に求められているが、パラリンピックでは選手は自分を超えることを求めて大会に臨んでいる」と彼は言ったんです。「これは放送する時にも大事にしなければいけないことだな」と思いました。例えば、オリンピックではメダリストには焦点を当てても、4位以下の選手に対して、4位に入った意味とか、予選を通過したことがその選手にとってどういう価値があることなのか、ということは伝えませんよね。全員が同じ土俵のうえで、どういう成績だったかを伝えるのがオリンピックです。一方、パラリンピックではもちろん勝負の世界ではあるのですが、それに加えて「この選手は、自己ベストを出しての8位」ということを伝えることに大きな意味がある大会なんだなと。つまり、選手自身が自分を超えるということに重きを置いて、世界で勝負しているということを伝えていくことが大事なんだなということを、彼の言葉から知ることができました。そのほかにも、いろいろな競技、ルール、選手に触れ合う度に、教えられ、感化されることは少なくないですね。

WOWOW田中社長

選手の言葉にハッとしたという、田中社長。常に発見は現場にある。

山脇: IPC(国際パラリンピック委員会)では「achieve sporting excellence」という言葉が使われているんです。直訳すると「スポーツの卓越性」となるわけですが、これはどういうことなのかと議論したことがあるんですね。結局、IPCが言いたいのは、メダルを取ることだけではなく、選手それぞれに「achieve sporting excellence」があると。まさに田中さんがおっしゃったように、「自己ベスト」ですよね。スポーツを通じて、選手それぞれに「excellence」があって、それを達成できるような環境を整えることがIPCの役割だということなんです。そのことを、メディアが伝えるということも、パラリンピックでは大事なことですよね。

田中: ロンドンパラリンピックの時、増田明美さんにインタビュアーをしていただいたのですが、増田さんには、常にその選手が自己ベストを出したかどうかということを重視して臨んでいただきました。たとえ予選落ちだったとしても、「それが自己ベストなら、すごいこと」と。これを全メディアが共有して発信していけると、パラリンピックの真の部分が伝えられるようになると思いますね。

山脇: よく「パラリンピックにメダル獲得数を求めるのは違うのでは」という意見もあるのですが、私はこれだけ国全体が強化しようと動いているわけですから、目標は設定するべきだと思います。「自己ベスト」を達成しようとする選手にも、いいモチベーションになるし、その目標のためにはどうしたらいいのかということにもつながる。そういう準備をすべてしたうえで、あとは勝負の世界ですからやってみなければわからない。大事なのは本番までのプロセスと、そのうえでそれぞれの自己ベストを出せたかどうかということなんだと思います。

田中: 「アスリート・ファースト」ということを考えても、選手たちはみんなメダルを目指しているわけですから、目標としてメダル獲得数を掲げることは選手たちの意識に寄り添っている。そういう意味では、メダル獲得数の目標を掲げることは、大事なことだと思いますね。

目指すは競技団体の自立

―― JPC役員として、メディアとして、それぞれの活動において、最も大事にしていることは何でしょうか?

山脇: やっぱり「一番は選手」ということ。つまり「アスリート・ファースト」です。そこがすべての原点。ただ、活動していく中で、このことをつい忘れてしまうことも少なくないと思うんです。いつの間にか「組織ファースト」「マネー・ファースト」になってしまったり……。もちろん、組織やマネーも大事です。私だってビジネスマンですから、それは理解しています。ただ、あくまでも第一に考えるべきは「選手」だということは忘れてはいけないと思うんです。アプローチの方法は違っても、選手たちに最高のパフォーマンスを発揮してもらうというミッションは同じです。そのためには、組織や企業の方々が、会場に足を運んで、選手たちが何を考えて競技をしているのかを、見て、触れて、感じることを続けていくことが大事かなと思っています。

田中: そういう意味では、2015年11月にオープンした「日本財団パラリンピックサポートセンター」(パラサポ)は、まさに選手たちも含めて日本のパラリンピック界から今、一番求められていたことのひとつだったと思います。

山脇: 選手強化については最近、非常に力を入れてきているのですが、一方で競技団体の環境が極めて脆弱だと。それで、基盤整備が急務なのでは、ということでサポートセンターの設立に至りました。ただ、パラサポはいつまでもあるというわけではなく、期限付きの事業です。それはなぜかというと、最終的には各競技団体に自立をしてほしいからです。そのための手助けとしてパラサポがある。やはり競技団体も、2020年までに一皮むけなければいけないと思っています。

田中: それぞれの競技団体が自立する、というのは、私も大賛成です。そうでなければ、長続きしませんよね。既に一部の競技団体は、少しずつ変化しています。それが顕著に表れたのが、2015年に国内で行われた2016年リオデジャネイロパラリンピックの予選。9月のブラインドサッカー、10月の車椅子バスケとウィルチェアーラグビーです。ブラサカは、2014年の世界選手権を有料で開催しました。あれだけの規模の国際大会としては、国内では初めての成功事例です。今回のリオ予選でも入場料をとって、それを大会運営費に充てました。また、予算の半分以上はスポンサー料で賄い、それに加えてスカパーでの放映権料もあったりと、助成金に頼らない運営が行われました。一方、車椅子バスケとウィルチェアーラグビーは、企業スポンサーに加えて千葉市という自治体と一緒になってつくりあげた大会でした。3競技ともに、観客動員数は過去最高を記録し、メディアにも数多く取り上げられて、大いに盛り上がりました。自分たちでスポンサーを募り、メディアを引きつけるようなしかけづくりをしたからこそ、あれだけの観客が集められたのだと思います。

山脇: まさに、自立モデルですよね。自立の仕方はたくさんあると思うんです。それを、各競技団体が2020年までの5年間で見つけてほしい。そのためにパラサポでは、風通しを良くして、隣の競技団体ともコミュニケーションがとれるようになっている。お互いに情報交換しながら、切磋琢磨した関係を築いてほしいなと思います。私たちも、自立するためのサポートは惜しまないつもりです。

山脇委員長

「アスリート・ファースト」の重要性を熱く語る、山脇委員長

(後編につづく)

<山脇康(やまわき・やすし)>

日本郵船の副社長、副会長を歴任し、現在は同社顧問。2011年に日本障がい者スポーツ協会の理事に就任。12年に日本パラリンピック委員会副委員長、14年からは同委員長を務める。13年には国際パラリンピック委員会理事に選任された。15年11月にオープンした「日本財団パラリンピックサポートセンター」では会長を務めている。

<田中晃(たなか・あきら)>

日本テレビではプロ野球、サッカー、箱根駅伝などの中継に携わり、編成局編成部長、メディア戦略局次長などを歴任し、2005年にスカパーJSATの執行役員常務に。執行役員専務などを経て、13年には取締役に就任した。2008年より男子車椅子バスケットボールの中継を始め、2012年ロンドンパラリンピックではダイジェスト版を連日放送。2014年ソチパラリンピックでは専門チャンネルを開設し、全競技を生中継するなど、早くからパラリンピック競技の放送に注力してきた。2015年にWOWOWの代表取締役社長に就任。2016年秋よりWOWOWとIPCとの共同プロジェクトがスタート。2020年まで世界のパラアスリートたちに迫るスポーツドキュメンタリーシリーズ「WHO I AM」を放映予定(http://www.wowow.co.jp/documentary/whoiam/)。

(構成・斎藤寿子、写真・越智貴雄)

 

斎藤寿子(さいとう ひさこ)

斎藤寿子(さいとう ひさこ)

新潟県出身。大学卒業後、業界紙、編集プロダクションを経て、2006年からスポーツ専門Webサイトで記事を執筆。主に野球、バレーボール、テニスを担当。2011年から取材を始めた障がい者スポーツでは、パラ競技を中心に、国内大会をはじめ、2012年ロンドンパラリンピック、2014年仁川アジアパラ競技大会、2016年リオデジャネイロパラリンピックなどを取材。2015年からフリーライターとして活動している。

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