TOPへ
December 30 2015 By 向 風見也

南アフリカ代表のフーリー・デュプレアは、日本代表に敗れた後に「満足」した。

2015年のスポーツ界において、最も衝撃的な出来事のひとつとなった。9月19日、ブライトンコミュニティースタジアム。ラグビーワールドカップのイングランド大会の予選プールB初戦で、日本代表が南アフリカ代表に勝った。大会での勝利から24年も遠ざかっていた極東の島国が、過去優勝2回の強豪国を倒したのだ。スコアは34-32。

それまでラグビーの人気が乏しかった日本では、空前の楕円球ブームが巻き起こった。かたやラグビーを国民的スポーツとする南アフリカでは、スタッフや選手へのバッシングが相次いだ。勝者と敗者のコントラストは、どこまでも極端だった。

「ワールドカップで日本が起こした功績は、世界中の選手の見る目を変えたと思います」

こう声を絞るのは、敗れたフーリー・デュプレアだ。南アフリカ代表として70もの国際間の真剣勝負へ参戦した、本物のワールドクラス。身長182センチ、体重89キロの堂々たるスクラムハーフとして、2011年からは日本のサントリーでも才気を示していた。

接点の脇から駆け出し、タックラーを引きつけながら味方へ優しく球を渡す。相手守備網が極端にせり上がれば、その背後のスペースへ鋭利なキックを放つ。「パスをした直後、相手に触られていない。間合いを持ってプレーしているからなんです」とは、元日本代表スクラムハーフで現立正大学監督の堀越正巳評である。相手の近い位置でプレーしているのに、相手と間合いを取れる。その妙味が生命線である。

 

南アフリカ代表にとって、日本代表との試合は試運転の場だった。レギュラー候補ながら故障から復帰して間もなかったデュプレアは、リザーブに登録されていた。「自分がプレーするかどうか、わからなかった」という。

後半17分から出場した。「自分が出るとしたら、何かの影響を与えないといけない」。この時は22―19と南アフリカ代表が3点リードも、手ごたえを掴んでいたのはむしろ日本代表だった。この午後を境に国民的スターとなった五郎丸歩は、「フィジカルもフィットネスも我々が上だと確信できた」。相手に傾き始めた流れを、デュプレアは変えられなかった。

ジャパンは、デュプレアをよく知るサントリーの選手を揃えていた。「プレッシャーに弱い傾向がある」という特徴を踏まえ、密集脇の防御がデュプレアに鋭く突っかけるよう打ち合わせていた。大男が組むモールを嫌がっていたが、パスを回されているうちは想定内の展開に持ち込めた。

丸裸に近い状態だった背番号「21」は、「自分のプレーは悪くなかった。ただ、判断のところで…」と振り返る。

「普通の南アフリカの選手は、日本の試合をそこまで観ていなかった。あの試合ではモールはあまり組んでいません。フェーズ(パスとランを用いる)ラグビーを多くしていました。日本に対して、それはよくないやり方だったと思っています」

日本代表を率いていたエディー・ジョーンズヘッドコーチは、2007年のフランス大会では南アフリカ代表のアドバイザーを務めていた。デュプレアをサントリーに招いたのも、当時同部の監督だったジョーンズである。

実は大会開幕の1週間ほど前、互いを知るなかの2人は会って話す機会を設けていた。

「君たちを倒せると信じている選手は、何人かいる」

ジョーンズから聞いた言葉は、試合後のデュプレアの脳裏に何度もリフレインした。

 

「ジャパンとの試合の後、レベルが上がったと思います。ここで倒れるのか、ステップアップするのか。チーム全員が、ステップアップする方をチョイスした。自分のなかでもキャリアでも、大きな経験でした」

デュプレアは、結局、大会を3位で終えることとなる。

実は南アフリカ代表は、開幕前も低迷していた。8月には、アルゼンチン代表に初めて敗れていた。しかしブライトンでの悲劇を経て、蘇生したのだ。ボール保持者が相手に当たる姿勢を、より直線的した。モールもキックも多用した。途中から主将を任されたデュプレアを中心に、「ゲームプランをシンプルにした」のである。

「ジャパンの試合の後は、もう少しモールを組むようにしました。状況判断をもっとよくしなければ、という話もしました。モールを組み、大きな選手が身体を当てて、それから外にボールを回す…と」

幾多の修羅場をくぐってきたスクラムハーフは、迷える集団の交通整理役を担った。

ラグビーW杯準決勝 デュプレアとマコウ  ニュージーランド―南アフリカ 前半、パスを出す南アフリカのデュプレア(手前左)とディフェンスするニュージーランドのマコウ(奥右)=トゥイッケナム競技場(共同)

ラグビーW杯準決勝 デュプレアとマコウ  ニュージーランド―南アフリカ 前半、パスを出す南アフリカのデュプレア(手前左)とディフェンスするニュージーランドのマコウ(奥右)=トゥイッケナム競技場(共同)

 

2016年の3月で、34歳となる。「まだ確実に決めたわけではありません」と笑いつつ、口笛を吹く調子でこう話す。

「もし、リタイヤするとしたら、まずは6ヶ月ほど休む。そこから次のことを考えます」

いま戦っている日本でのシーズンを、キャリアの集大成とする可能性も、ある。

「だから、自分のベストを尽くしてプレーしたい。周りの選手を助けていきたい」

サントリーは国内最高峰のトップリーグで8強入りを逃し、1月からは下位争いのトーナメントに臨む。最後の最後にもまた、逆境に置かれた。交通整理役の出番である。

向 風見也

向 風見也 Facebook Twitter Blog

1982年富山県生まれ。2006年に独立し、ラグビーライターとして「ラグビーマガジン」「ラグビーリパリパブリック」「スポーツナビ」などの雑誌やwebサイトで寄稿。書籍の執筆や構成、イベントの企画・司会も行う。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)。共著複数。

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

Twitterをフォローしよう!

前の記事へ
一覧に戻る
次の記事へ
前の記事へ
一覧に戻る
次の記事へ